中国を繙く34 |
櫻井澄夫
前号より続く四、「シナ」使用の国際的問題点
中国では東海と呼ぶ「東シナ海」は、英語ではEast China Seaと呼ぶ。国際的にはこの英語の名称を使うことを中国は了承しているようである(この問題は国連の名称会議などで議論されているのではないか)。英語の専門書を調べると、China Seaという言葉もある。在日中国人などの中には、日本人はこの海を正しく「東中国海」と呼べと主張する人がいる(先日NHKの衛星放送で、初めて南中国海という言葉を聞いた。寡聞にもこの言葉が放送でもすでに使用されているのを知らなかった)。前にも触れたように中国とChinaは全く同じものとは歴史言語学的には言えない。また漢字で日本人が勝手に(?)「東中国海」「南中国海」という名称を使い始めるのは奇妙なこととも言えよう。東海は当然、中国の東に位置する海という意味であり、南海も同じだ。しかし日本海が日本の海という意味でなく、日本に(多くの部分を)接している海という意味であると同様に、東海は「中国に属する」東の海という意味では恐らくなかろうから、「東(南)中国海 」という名称の採用には意見があるだろう。また「東海」(East Sea)では韓国の主張する「日本海」の韓国での名称の「東海」(トンへ。East Sea )と特に国際的には混乱する可能性があろう。日本海(東海)と東シナ海(東海)は隣同士であるのだから。それが中国が国際的な名称としてはEast China Seaを受け入れている理由なのかどうかは知らない。いずれにせよ地名という、弁別性を必要とする固有名詞の持つ国際的環境上の問題がある。
五、「印度支那」はいいのか
インドシナ(半島)を中国でも「印度支那」と呼ぶ。中国の辞書にも載っている。このシナはChinaのことである。確かに現在インドシナ(インドチャイナ)は中国の一部ではない。しかし命名者はChinaを意識してインドシナという地名を作ったもので、印度と支那の中間地域という意味合いのネーミング(仏領を含意)である。(広域)印度の島嶼部がインドネシアなのだろう(この地名はもちろん、それ以前のオランダ領の東インドとの関係があろう)。インドシナ(Indo-Chine)はフランス人(マルト・ブリュン)の命名である(このほかサイゴンを中心にした地方が、コーチシナと呼ばれた)。この地域の歴史や、現在ここがどこの国に属するかはともかく(インドシナからそれに続く中国南部一帯がフランスの植民地となり、長く支配されたという歴史は理解しておく必要がある)、「支那」に嫌悪感を持つならこれも使用すべきでないという意見にも一理あるだろう。つまり西洋人の作った「インドシナ」という言葉に、経緯はどうであれ中国が「印度支那」という漢字を充て(あるいは日本人がこの漢字をあて、中国が受け継いだのか? 研究の余地あり)、今もそれを使い続けているという事実は、これまでのこの言葉に対する徹底さの欠如や矛盾、歴史の認識上の問題点、人による意見の相違を暗示し、この問題の複雑さの存在の証明の一例にもなるものとも思われる(また私はことによったら、China SeaはChinaからインドシナにかけての広域の海に、西洋人が名付けたのではないかと思っている。それが東と南に分けられ、よりいっそう海域を細かに指し示す地名へと発展させたのではないか)。日本がインドシナという地名を使い続けていることにも、議論があってしかるべきである。このような細かな問題や疑問はほかにもまだあるだろう。