第五回
モータリゼーションの波
東京海上火災保険潟Aジア部 中国室海外長期出張員 藤田 桂子
人。中国で昨年1年間に交通事故死した人の数である。中国の交通事故による死者数は80年代中盤に急増し、その後一旦減少したが91年から再び増加した。事故件数は41.3万件、負傷者は28.6万人である。一事故当りの死者数は0.2人、負傷者数は0.69人で、96年の日本の数字(0.01人、1.22人)と比較すると、相対的に死亡事故が多い。
こうした交通事故状況の悪化の背景に自動車台数の増加があることは言うまでもない。中国は97年に人口1000人あたりの自動車保有台数が約10台となり、日本の1960年頃の水準に達した。地域別には最も多い北京市が63台、最も少ない安徽省および江西省では4.6台に止まっており、地域格差は大きいが、上海や北京、広東など沿海の大都市では、全国に先駆けてモータリゼーションが起こりつつある。この2〜3年は特に個人による自動車の所有が増加しており、北京にある全国第2の自動車販売市場であるアジア村自動車センターでは、既に購入者の80〜90%が個人となっている。
自動車は消費振興の一つの柱として期待されながら、ここ数年伸び悩んでいた。しかし昨年は、98年来の積極的な財政政策によるインフラ投資がトラック需要を生んだことや、道路建設の増加により道路輸送が発展したこと、建国50周年を控えて車両の交換が進んだことなどから、市場は久々に活性化した。密輸取締りの強化で国産車の需要が伸びたことも好影響を与え、販売台数は前年比14.2%増の183万台、そのうち乗用車が57万台で全体の31%を占めた。中国の自動車産業の生産能力は200万台以上ありながら60〜70%の稼動率に止まっていたが、2000年は、漸く200万台生産に届く可能性が出てきた。
しかし、今後自動車の消費が順調に進むかというと、決して楽観できない。住宅・社会保障・教育などの改革の進行により、近年住民の貯蓄性向は強まっている。北京の平均的な家庭の約半数は10万元程度の貯蓄があると言われるが、彼らの関心事は車より家である。政府は消費振興のため、住宅や自動車等のローンに関する政策を相次いで出しており、98年10月から中国建設銀行が取扱いを開始した自動車ローンは、半年で約8,000台分の利用があり、総額はまだ少ないながら利用者は増えている。しかし、貸付条件が厳しいこと、手続きが煩雑なことなどから希望しても実際に利用できないケースも多い。
2年前、国有機関の公用車を廃止する代りに、役職に応じ数年に分けて自動車購入手当を出す公用車改革が検討された。実現すれば自動車消費にもプラスと見られていたが、各方面の反対に遭い棚上げになったままである。また、自動車に各種の高額な税や費用が課されることが消費の妨げになっていると指摘されるが、自動車や道路に関する各種費用に関する改革(費改税)もやや遅れ気味である。道路や駐車場が不足しているという物理的要因、そもそも自動車の価格が高いという根本的な要因もあり、マイカー時代の到来にはまだ暫く時間がかかりそうである。
一方、自動車の普及には、環境汚染や交通事故は避けて通れない問題である。環境対策については、北京市が昨年排気ガス基準を強化したように、各都市で環境基準を強化する動きが出ているが、これは当然コスト高要因になるし、また北京の車検を通らない車が郊外で売られているという話もある。そして、交通事故の発生件数は過去2年二桁の勢いで伸びている。事故の大半は郊外で発生しており、地域的には広東省の事故率が非常に高いが、これは内陸の民工の流入が多いためと分析されている。学校で交通安全教育を実施しても、農村では信号機などが無いので理解できないのだという。遅かれ早かれ進むモータリゼーションに伴い、環境対策と交通安全教育の徹底・強化は、中国の大きな課題となる。