頤和園長廊物語16

コマースクリエイト梶@関口美幸

「玉堂春」が裁判を受ける場面。
中央の女性が「玉堂春」。その後ろが「王景隆」。

「玉堂春落難逢夫」は馮夢龍編による明代の短編小説集「警世通言」の中に納められている物語である。ちなみに彼の短編集はこの他に「喩世明言」、「醒世恒言」があり、あわせて「三言」と呼ばれている。

「玉堂春落難逢夫」は「三言」の中ではその半数以上を占める男女の愛情を描いた物語で、度々戯曲にも取り上げられ、「蘇三起解」(「蘇三」は「玉堂春」の本名で、「玉堂春」は芸名)、「三堂会審」等の名で人々に親しまれている。

玉堂春

明朝は正徳年間のことである。北京に住む礼部尚書王瓊は職をとかれ、急遽故郷の南京に帰ることとなった。王は三万両の銀を人に貸しており帰郷までに返してもらえそうにないので、しかたなく、三男の王景隆に銀を返してもらい次第南京に帰るように託すと、自分は一足先に帰郷した。全ての借金を返してもらった王景隆は、南京に旅立つ前日、街に遊びに出て有名な芸妓玉堂春と知り合う。この二人、一人は才気に溢れ、水も滴る男っぷり、いま一人は立ち姿もあでやかなら芸の方も超一流。二人はたちまち意気投合し、一生を誓い合う仲となった。

さて、光陰矢の如し。王景隆は玉堂春の住む芸妓館百花楼に住むこと一年余り、手持ちの三万両の銀を使い果たし、芸妓館を追い出されると、すっかり落ちぶれて、物乞いをしてどうにかその日その日を暮らす身となった。

王景隆が追い出されてから、玉堂春は食事も喉を通らず、思わずぼんやりしては、終日涙に暮れるのであった。ある日、玉堂春は王景隆が乞食に身をやつしていることを聞くと、うれしいやら悲しいやら、とにかく日々のへそくりと身につけていた装飾品・金銀の食器などを取り出すと、王に渡し、一日も早く家に戻って科挙の試験を受け、出世したら迎えに来てほしいと言った。二人は再び会う日まで、互いに別の人とは結婚しないと固く約束し、身を引き裂かれる思いで別れた。

玉堂春は王景隆を送り出した後、百花楼に籠もり、王との約束を守り客をとろうとしない。そこで、やり手婆の老鴇は悪知恵を働かせ、玉堂春を山西の豪商沈燕林に妾として売ってしまった。 沈の正妻の皮氏は夫に隠れて別の男と浮気をしていた。そして、浮気がばれるのをおそれ、夫の毒殺を図り、その罪を玉堂春になすりつけた。役人は皮氏に買収され、子細も尋ねずに玉堂春を拷問にかけ自白させたので、玉堂春はとうとう死罪と決まってしまった。

ちょうどこの時、科挙の試験に合格した王景隆は、山西巡按に任命され、この事件を再調査することになり、死刑の判決を受けている被告が、まさに昼夜を問わず思いこがれた玉堂春であることを知った。王はおしのびでこの事件を調べてみると、予想に違わず玉堂春が無実の罪に陥れられていたのが判明した。さて、裁判が始まった。裁判の場で玉堂春との関係がばれるのを恐れた王は一言二言尋問しただけで、後を副官の劉に任せて退場した。劉副官は真相を突き止め、玉堂春は無事釈放された。その後、二人は北京に戻り幸せな家庭を築いたということである。

と、かわら版の方は紙面の関係もありあまり詳しく書くことができず、ここで終わっているのですが、実はこの「二人は北京に戻り幸せな家庭を築いた」というのは、今日的な意味で私たちが考える「幸せな家庭」とはちょっと違うのです。

王景隆は科挙の試験に合格した後、家族の圧力に屈して、玉堂春との約束を破り、いい家柄の娘を嫁に貰います。つまり、王景隆が山西に赴任してきた時にはすでに結婚していたわけです。二人は山西から北京に戻って確かに幸せな家庭を築いたのですが、それは二人きりではなく、三人だったのです。そして、先に結婚していた妻と玉堂春は互いに正妻の座を譲りあり、玉堂春は、第二夫人におさまります。二人の夫人はやきもちを焼いたりせずに、互いを姉、妹を呼び合ったといいます。こうして王景隆は、幸せな家庭を築けたのです。

作者としては玉堂春が王景隆以外に客をとらず、貞淑を貫いたとはいえ(玉堂春は王景隆の後だけでなく、先にも客をとったことがない)、妓女を正妻の座につけるのに抵抗を感じたのかもしれません。まあ、当時としては、出世した後、昔の恋人を忘れなかっただけでもよしとしなければならないのでしょう。出世した後、苦労をかけた妻や恋人を捨てるという物語も同時期の短編小説にはよく出てきます。「頤和園長廊」の中の「秦香蓮」もそうした物語の一つです。その内かわら版でご紹介したいと思います。

さて、中国の明朝・清朝の小説の中は、たいてい大団円で終わるのを常としますが、こうして三人(夫一人、妻二人)の大団円が少なくないのも、当時の中国人の幸福感を考える上で興味深いでしょう。まあ、中国人、日本人を問わず現代の男性の中にも、そっちの方がいいと思われる方も少なくないでしょうが……。


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