| 連載 | 第五回 |
犯罪にご注意(中編)
菅納ひろむ
月号から、私が駐在して四年経たないうちに三つの事件の被害者になった話を紹介している。発生順に、@置き引きに遭って重大な損害を被った事件、A四人組の強盗に襲われ殴打された事件、B三人組の詐欺師に騙され軽微な金銭的被害を被った事件、である。前回はこのうち@の置き引き事件について書いたが、今回はAの殴打事件について書かせていただく。
九八年の六月頃のこと、日本からの出張者とカラオケ店に行った後、例によって自転車に跨り良い気分で深夜の街を走った。家まであと少しという亮馬河の付近に到達した時、川辺の灌木の葉っぱが、ぼんやりと光っているのに気がついた。まるで、蛍の光の様に妖しく、美しく発光している。好奇心から、自転車を降り、川辺の暗がりに入っていった。多少酔ってはいたが、思考は割としっかりしていて、葉の表面が何かの光を反射しているのか、さもなくば発光する特殊な虫か物質が付着しているのだろうか、と気になって葉を直に触りたくなり、さらに川辺近くまで歩を進めた。
その時、私は四人の賊が自分に近づいていることに気がつかなかった。次の刹那、後ろから強力に羽交い締めにされた。さらに左右から別の男が私の両腕をねじあげた。凍り付くような戦慄が全身に走った。まったく身動きできない。すると、前方から背の高いハンサムなあんちゃんがゆっくりと近づいてきてドスの利いた声でこう言った。「ニイハオ。等我一会児(やあ、ちょっとの間じっとしてくれよ)」。あんちゃんは私の背広の内ポケットをまさぐり始めた。
動転していたが、当時領事部のあった塔園辧公大楼の前に人が何人か歩いているのに気がついた。距離にしてわずか十メール余り。私はとっさの判断で、大声で叫び続けた。当然、通行人にも聞こえるはずである。
四人組の賊はこれに狼狽し、結局何も盗らずに蜘蛛の子を散らすように闇に消えていったのだが、正面のあんちゃんは、腹いせ紛れに私の額と目、さらに胸のあたりに3発、強力なパンチを加えて去った。暗くてよくわからなかったが、怪我の様子からして、拳骨ではなく鈍器のようなモノを持っていたらしい。
その夜は、傷を簡単に消毒して就寝した。よく朝、鏡をみると、左目の廻りが真っ黒なあざになり、腫れ上がっていた。額にはかさぶたができ、胸の骨もなんとなく痛んだ。
それでも、その日は重要なお客さんのアテンドと通訳をする予定だったのでどうしても出勤しなければならなかった。馬鹿なことにいつも通りに自転車に乗って子供を幼稚園に送ってから出勤した。しばらく仕事で忙しくて、警察や病院に行くことは後回しにし、結局どこにも届けをしなかった。ただ、いつまでも胸が痛むので、しばらくしてから病院で精密検査をしてもらったが、幸いなことに特に異常はなかった。しかし、目の廻りの傷が完治するには一ヵ月以上かかったし、当時、色々なトラブルを抱えていたこともあって、かなりしんどい日々だった。
しばらく目の廻りが黒いままなので、会う人会う人に「どうしたんですか一体?」と聞かれるのがうっとうしくもあった。その当時は「いやあ酔って自転車に乗って、ちょっと転びまして」なんて言っていたのだが、あまり何回も聞かれるので、「自転車で転びました」という看板でも胸から下げて歩いてやろうかなんて考えたものである。
この事件についてはいくつも反省点がある。まずは深夜の暗がりなんかに一人で入っていったことの愚かさ。さらに、賊に襲われた時に、声を出して抵抗したこと。持っていたのが鈍器でなくてナイフだったら殺されていたかもわからない。すべて差し出してでも命乞いをするべきところだ。それに仕事が忙しかったとは言え、すぐに病院や警察に行かなかったのも良くなかった。大使館領事部にも報告すべきだった(かなり経ってからある機会に領事部の方にこのお話はしたが、やはり注意されました)。
それにしても、あの時に見た美しくも妖しい光は何だったのだろう。未だに不思議でならない。また見てみたいものだが、あの場所に夜中に再訪する勇気はない。
暗い話ですみません。次回の詐欺師に遭った話は、まだ少しは笑えますのでご勘弁。
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