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連 載 |
第 六 回 |
菅納ひろむ
前々号から、私が被害にあった三つの事件を紹介している。@置き引きに遭って重大な損害を被った事件、A四人組の強盗に襲われ殴打された事件、B三人組の詐欺師に騙され軽微な金銭的被害を被った事件、である。
今回はBの詐欺事件について書いてみよう。
昨年の十月のこと。あるミッションの事前準備のために一人で雲南省に出張した。その日は省都の昆明で中国側と打ち合わせを行い、一段落ついたので、昆明市内を散策していた。すると、三人組の男女が私に近寄ってきた。初老の男と若い男女という組み合わせだ。いずれも、きちんとした身なりをしている。まず女性が、「あなたは昆明の人か?」ときれいな標準語で問うてきた。道でも聞かれたらやっかいだなあ、と思いつつ「いや北京から来ている出張者だ」と言ってそのまま通り過ぎようとしたら、三人は口をそろえて、「それは丁度良かった!話を聞いて下さい」とついて来ようとする。何かのセールスだろうと思い、「いや、そういうのは結構です」等と言いつつ振り切ろうとすると、「いや、そういうのじゃないんです。違うんです。ちょっと聞いて下さい」と何やら必死にくいついてくる。いや〜な予感はしたのだが、何となく迫力に押されて、話を聞くことになった。
「実は、私たちも北京から出張で来ているのですが、財布やカードをなくしてしまい、帰りの飛行機のお金が少しだけ足りないのです。北京に帰ったら必ずお返ししますから、ちょっと貸して下さい」と必死に懇願する。
「うーん、しかしそういうのはちょっと信じられないような……」ともぐもぐ言っていると、三人は身分証明書は見せるは、名刺はくれるは、あの手この手で信用性の高さを認識させようとする。初老の男性などは、自分の面の皮をバンバン叩きながら、「この顔でこの歳まで商売してきた。このメンツにかけて嘘はつかないっ!」などと大見得を切ってたたみかけてくる。
それで、よせば良いのについ、「じゃあ、一体いくら足りないのですか?」と問うと、「三四〇元あれば何とかなる」とのこと。後で思えば、端数なんかつけてそれらしかするあたりがプロの仕事なんですね。
半信半疑ながら、ムードと迫力に流されて、「本当なら気の毒だしその程度の金額なら貸してやろうかな」、なんて気になってしまった。結局、借用書を書いてもらって、三四〇元というのも面倒なので四〇〇元渡した。「じゃ、ここに返しに来てね」と名刺を渡すと、名前で日本人だとわかって少し顔色が変わったようにも見えたが、「あなたという日本人の親切は一生忘れません。来週必ず長富宮辧公楼に返しに参上します」なんてのたまった。そして実にあほらしいことには、ニコニコと三人と握手なんかしちゃったりして別れたのだった。
ホテルに戻って、仕事の報告がてら、いつも冷静な同僚にこの話をすると、あっさりと、「それは授業料を払ったと思った方がよいね。だいたいその連中、出張で来ているのなら、仕事のパートナーが昆明にいるはず。そこから金を借りるのが普通だろう」とのこと。ここに至って私もやっと、「詐欺にあったのかなあ」との疑念を強くしたのであった。
案の定、北京に帰っても何の音沙汰もなかった。もらった名刺の電話番号もでたらめだった。名刺と借用書はびりびりに破って捨てた……。悔しいのと恥ずかしいのとで、この話はほとんど誰にもしたことがなく、原稿を書くために思い出してみるとやはりしゃくに障る。しかし、敵ながら鮮やかな手口だったなあ。その道のプロなんだろうけど、演技力といい、要求金額の微妙に小さいことといい、三人で寄ってたかって迫力で押す方法といい、結構引っかかる人も多いのではないか(こう書くと「そんな馬鹿はお前だけだ」とも言われそうだが)。
さて、三回にわたって、騙されたり盗られたり殴られたりした話ばかりで恐縮です。読者の皆様の防犯の参考になれば、と恥を忍んで書いた次第でした。
雲南省・麗江にて。安全そうに見える街でもいろんな危険が潜んでいるかも……。
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