雑学 中国を繙く26 |
櫻井澄夫
「かわら版」の第九〇号(今年の三月発行)から開始したこのテーマも、図らずも新しい局面を迎えるようになったようだ。高島俊男氏の所論を中心に「支那派」の批判をするのが眼目であったのだが、その際、管見に入ったその「支那派」のその他の人物として、「作家で元国会議員のI氏」と「評論家文筆家として著書も多いK氏」の名をあげた。そのI氏が東京都知事に当選してしまったので、ことは大きくなった。あまりにタイミングがよすぎた。
私がこの連載を始めた三月号の原稿を書いたのは一月、このテーマは漠然とだが三年ほど温めてきた。そろそろやるべき時期かと感じ、書き始めたわけだ。そうしたら名をあげた内の一人がI氏がいつの間にか、都知事に立候補、当選してしまったのだ。当選した途端に同氏のこれまでの反中国的言動と称するものが、やり玉に挙げられて、その中に同氏が選挙期間中も中国を「支那」と、蔑称で呼んでいたと、中国政府関係者などから批判された。
私はこのことをまず、北京に住むある日本人から、在日中国人がこのことを問題にしており、インターネットで石原批判が行われていると教えてもらった。そうこうしていると中国の新聞(中文、英文)、政府関係者などから続々と批判が続いた。この日本人の方は、私のことを「先見の明」があるとほめて下さったが、こちらは高見の見物というわけにはいかない。いっぺんに時の話題となった感だが、しばらくおつき合いいただきたい。
さて話を本筋に戻そう。高島氏等は、「支那」は悪い言葉ではなく、歴史的名称でかつ理にかなった言葉であるという。日本人はこの言葉をもともと蔑称と考えてはおらず、「木村という男を「木村」と言うのとなんらかわらない」(「本が好き、悪口言うのはもっと好き」)であるという。それに続き「木村を軽んずる者たちの「木村」と呼ぶ語は軽蔑やあざけりの調子をおびたであろうが、それはその者たちの木村に対する評価なり感情なりの問題であって、「木村」という名前自体の問題ではないのである」(同書)とする。
この人の考えを肯定するなら、世の中から蔑称なるものの多くは消えてなくなる。いや存在さえしていないことになろう。言葉自体に感情がこもる、つまり色が付くからこそ蔑称は生まれるのに。
話は変わるが、もう二〇年くらいになると思うが、日本のある全国紙の投書欄にだいたい次のような投書が載り、意見が交わされた。イギリスの有名な辞書にJAPという言葉が載っていたので、これは蔑称だから訂正して欲しいと手紙を書いた。すると、返事が来て、これは蔑称ではないので訂正しない、という回答があった。けしからん。というものだった。今や多くの日本人が、おそらく、(英語はできなくても)この言葉を蔑称と考えていることだろう。しかし語の構成や語源から考えると、JAPには元来侮蔑的意味合いはないといえるだろう。JAPANESEの単なる略称にしか過ぎない。しからばチャンコロはどうだろう。これが蔑称でなくなんだろう。しかしこの言葉も、もともと清国*であった(清国人との説もある)。そうであるならどちらにせよ蔑称ではなかろう。チャンコロというカタカナを、日本語のできない中国人に、「清国人」と書いて示しても、だれも何も感じないだろう。つまり、清国人とチャンコロは、原型は同じでももはや違う言葉である、あるいはその後違う言葉として機能しているといっていいだろう。英語のチャイナと「支那」の関係はそれに似ている。
また「「支那」に反対する人はよく「中国人がきらう」と言うが、中華人民共和国の圧倒的大多数の人々が「支那」という言葉を知らないのは確実である。(中略)たとえば日本でイギリスを「イギリス」と言っていることを知っているイギリス人はほとんどないだろう」(同書)と高島氏は書く。しからばパールハーバーが攻撃された時、一般の日本人はJAPという言葉を知っていただろうか。答えは否である。アメリカでそれ以前から始まっっていた日本人排斥運動に直面した人たちは、当然知っていただろう。その言葉に感情がこもることにより、言葉の意味は次第に変化した。一般の日本人がこの言葉の正体を知るのはだいぶたった戦後のことである。英語教育の影響もあろう。その反動として、私の記憶では東京オリンピックの前後あたりに、選手の所属国名表記の略称をJAPから、JANに変更してもらうよう働きかけが行われた。日本社会がその言葉の真の使われ方を知り、それを適当でないと感じたからだ。
確かにかなりの中国人は依然として「支那」という言葉を知らない。しかし中国の有名な辞書に「支那」が蔑称であると書いていないことを示して、これが中国では蔑称でないというのなら、今になって何でこんな大きな問題として中国側から提起されるのか。もっと考えてみるべきだ。私は高島氏等の認識不足であると思う。
試みに高島氏への反論材料となりうる「中国古今名号尋源釈意」(遼寧古籍出版社)という本を読んでみるといい。この言葉に関する問題が整理されている。ちゃんと蔑称であることは中国でも充分意識されているのだ。「書いていない」本だけ紹介して、「書いてある」本を紹介しないのは不公平だろう。要するにいろいろな知識レベルの人間がここにはいるということだ。ここまで理解してもJAPは蔑称であり、支那はそうでないと言い切れる日本人がそんなに多数いるんだろうか。
要するに、その言葉の語源がどうであれ、文字や言葉は時代によってその意味や、使われ方が変化する。「貴様」や「おまえ」でも同じだろう。それに生きた言語はその使い手だけでなく、受け手の心理を付度しなければ、摩擦が生じる。まして自分の名前を自分が気に入らないのに、他人から「これがおまえには適当な名前」といわれ強制されたって、すんなり受け入れられるものではない。それが歴史認識の欠如といわれる所以なのだろう。
言語は科学である前に、実用である。もはや「汚されてしまった」言葉を何を好きこのんで今でも使わなければならないのか。またその汚された時期がいつなのか、それが問われているのだ。一九一〇年代になってから、支那という名称が次第に中国人にいやがられるようになった(「どう考えるか、中国古今」昭和五一年。二玄社)といわれる。その時代がどんな時代であったのか、多くの人は知っている。
「汚れた」ものは洗濯しようよ。そうでないと臭ってくるし、病気の原因にもなるよ。
(続く)