中関村リポート(T)
北京大学光華管理学院(MBAコース) 訪問教授 八杉哲

投資基金法とVC(ベンチャーキャピタル)


■中関村の出遅れ
   1年程前に北京・中関村に本社のある中国情報機器業界上位会社の総裁にお会いしたときに、「中関村はシリコンバレーや台湾の新竹と同時期に開発がスタートしたが、15年たってみて、中関村が一番出遅れてしまった。その原因は、中国の株式上場の制度的な要因により、ベンチャーキャピタルが資金を供給することが出来なかったからだ」との説明を受けたことが印象に残っている。同社は、もともとは民営企業であり、経営トップにこうした問題意識があるため、いち早く形式上、本社を香港に移し、香港の本社が中関村の事実上の本社を所有しレッドチップとして香港証券取引所に株式を公開し、中国の証券取引所上場の限界を回避した。
   ご承知のように、中国内での株式公開制度(証券取引所上場制度)は、原則として上場に際して発行する新株が上海か深框の証券取引所に上場され、創業時や株式公開以前に発行された株式は従業員対象に発行された株式等のごく例外を除いて、未上場株式として流動性が確保されない仕組みとなっている。ベンチャーキャピタルは、投資した株式を3年から7年までの間に株式公開までもっていき、いわゆる“EXIT”を確保し、資金回収・投資収益の確保をはかるが、中国では投資先を株式上場しても資金回収がはかれない制度になっており、ベンチャーキャピタルは投資を慎重にせざるを得ない。迂回的に中国外に設立したペーパーカンパニー(投資会社の形態を採用する特別目的会社、所謂SPC)をNASDAQ公開する方法が採用されているが、数は限られる。最近は香港の“創業板”公開の途も出来ているが中国当局の認可が前提になり、規制色が強く残る。中関村が出遅れた理由の一つとして、米国、台湾に比べ、ベンチャーキャピタルの投資が行われず、ベンチャービジネスが育たなかったとする意見は多い。

■テイクオフの予感
   1年前にそうしたお話を聞いたが、ここ数ヶ月、中関村に勤務し居住してみて、果たして今後もそうであるか否かについては懐疑的であり、今まさに中関村は、あらゆる面でテイクオフを迎えたのではないかと感じている。国慶節のために中関村中心地区をタテに走る海淀路が整備され、行政の力の入れ方が一段と鮮明になって来ていることも小さな要因であろう。また香港資本との“招商・商談会”が成功裡に終わり不動産投資が活発化する見込みもある。更に中関村生まれの中国情報機器大手3社のうち2社の経営トップが30歳代に交代したり、業界4位の会社がネット事業強化のためHPのような才覚のある女性を経営陣に加えたことも、大きな地殻変動が起こりつつある証左であろう。“中関村テイクオフ論”を提起する最大の理由は、中国でベンチャーキャピタルの活動を可能にする制度改正にある。全人代では来年末草案公表目標で、証券法に続く大型立法“証券基金法”の検討が行われていると聞く。同法は投資基金を、既に試行段階にある証券投資基金(投資信託)と社会資本投資のための産業投資基金、それにベンチャーキャピタルの3つのカテゴリーに分け、その機能充実のために法律の整備を行うものである。ベンチャーキャピタルで大きな問題は、既述した株式上場制度との関係であるが、この部分に関係する起草委員の1人からヒアリングしたところ、「当然に手当てを行い、ベンチャーキャピタルの投資回収を可能にする」とのことであった。上海で「官製“国産”ベンチャーキャピタル」が旗揚げしたことなどから推測して内部の調整は済んでいると思われる。

■市場を引っ張るインターネット関連投資
   米国で今年上期にベンチャーキャピタルが投資した金額(119億米ドル)は昨年同期に比べ倍増しており、しかもその半分近くがインターネット関連投資であるとの報告がある(PWクーパーMoneyTree調べ)。中国においてもインターネット関連ベンチャービジネスは急成長している。ポータルでは、外国製のSINA(新浪網sina.com.cn、中国地区の総経理は27歳の汪延氏)、CHINA・COM(NASDAQ公開し時価総額14億米ドルをつけた)に対し、MITで博士号をとって帰国した張朝陽(Charles Zhang)ひきいるSOHU(捜狐、インテルとダウジョンズが支援)、NETEASE、ZHAODAOLA(“捜せた”)等や各地域で知名度の高いポータルが活躍している。プロバイダーはパソコン通信の時代がなかったことと通信業者のシェアーが高いこと等から小規模経営が群立しており、ポータルがインタネット利用のプロバイダー機能を果たしている。E-commerceではポータルの進出の他、陸博士の首都電子商城、eBayに類似するネット競売の網易等、またB to BではMOFTEC系列の“CIECC”等が膨大な漢字圏マーケットを背景に急成長過程にある。更にe-hospitalやe-guard等、日本に比べ既存業者の商圏が弱い中国でなら成立するネット事業も多く、可及的速やかにベンチャーキャピタルによるリスクマネーの供給が望まれるところであり、資金問題が解決すれば、中国でも第二のヤフーやアマゾンドットコム等時価総額が膨大な魅力ある新興企業群が出現し、株式市場も活性化し、資産効果での景気回復効果が期待されるものである。

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