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2008年以降のソフトボール界

 やはりそうなったか、というのが、2012年ロンドン五輪での、野球とソフトボール除外決定に対する第一印象だ。五輪でソフトボールが見られるのは、(今のところは)2008年の北京大会が最後となった。

 別に予言者ぶるつもりはない。逆に、「存続濃厚」という大方の予想を、筆者自身、ある程度信じていたくらいだ。ただし、もし除外されたとしても、その覚悟はできていた、というだけのことである。

 世界的な普及度の低さ、メジャーリーグの五輪野球への無関心などが、今回の決定の主な要因として挙げられている。しかし知名度の低い競技は他にもあるし、野球はアマチュアのみの大会として存続する手もあった。
 最大の原因は、スタジアム新設に伴う巨額の費用だろう。ロンドンのように、野球系競技が不毛の地では、大会後の利用の目途も立たない。アテネ五輪での閑散としたスタジアムも、IOC委員に悪印象を与えたに違いない。

 野球・ソフトボール関係者はもちろん、一般の人からも、両競技の除外を惜しみ、残念に思うコメントを耳にする。「日本のメダルが2個減る」、「野球のナショナルチームが見られない」など。
 野球よりさらにマイナーで、五輪こそが最大の夢舞台だったソフトボールに対しては、「競技存亡の危機」とする、絶望的な記事も見かけた。

 しかし筆者は、今回の決定を、ソフトボールという競技が、五輪に頼らず自力で普及・発展していくための試練だと、前向きに受け止めている。
 筆者は以前から、シーズンも競技環境も異なる多くの競技を、1都市で集中開催する五輪の方式には無理があると思っていた。例えばマラソンは、本来は冬季に行う競技だが、逆にボート、カヌー、トライアスロンは夏季にしか実施できない。そもそも海や湖や川に恵まれた地域でないと開催すらできない。

 そのような問題点はあるものの、五輪が世界で最も脚光を浴びる総合競技大会なのは事実である。ゆえに、それに参加できることは、ソフトボール発展のために、非常に有意義なことではあった。
 しかしIOCに追い出された以上、ソフトボールが自らの魅力で、世界的な認知を勝ち取る方向を目指すべきである。よって筆者は、2016年五輪での復帰を目指す運動は支持しない。第一、今回の落選は、野球の道連れにされた側面もあるため、ソフトボール界単独ではどうにもならない。
 例えばゴルフ、ラグビーなどのように、五輪に参加しなくても世界中に愛好者を持つ競技はある。サッカー、テニスは五輪競技だが、ワールドカップや4大トーナメントは五輪以上の人気を誇る。

 まずISF(国際ソフトボール連盟)は、4年ごとに開催している世界選手権を、2010年以降は隔年開催にするべきだ。大きな国際大会が4年に1回しか開かれないのでは、世界にアピールする機会が限られてしまう。特に選手寿命の短い女子選手には歓迎されるだろう。

 ソフトボール未普及の地域への、指導者派遣・用具提供といった援助活動も、継続して行わなければならない。今回の存続活動の一環として行った、いわば泥縄的な活動で終わらせてはいけない。

 世界選手権の充実と、草の根の普及活動。上と下からの改革が成功して、ソフトボールが国際的なメジャー競技の1つとなった暁に、(その気があれば)再びIOCに五輪復帰を訴えればいい。何年、何十年かかるかわからない、遠い道のりではあろうが。

 では、一介のファンに過ぎない我々はどうすべきか。
 差し当たって心配なのは、北京五輪以降にキャリアのピークを迎えるであろう、若手選手のモチベーション低下だ。五輪出場の夢を事実上断たれた選手には、別の華やかな舞台を与える必要がある。
 メジャーリーガーが五輪に無関心だったり、スペインやイタリアのサッカー選手がほとんど外国へ移籍しないのは、世界最高のリーグが国内に用意されているからだろう。
 日本ソフトボール界も、日本リーグその他の大会が、五輪に匹敵するほどモチベーションを刺激する舞台となればいい。閑古鳥の鳴くアテネの会場より、はるかに多くの観客が集まり、割れんばかりの声援が(場合によってはブーイングも)湧き上がるようになれば、選手もさらに奮起してすばらしいプレーを見せてくれるだろう。五輪のことなど忘れたかのように。

 という訳で、筆者自身も、成田市で行われるインターハイに、初めて足を運んでみようと思っていたのですが、あいにく8月2日から5日の平日開催(女子の場合)でした。無念。

(2005.07.18)

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