大地丙太郎監督講演会 第1部 



・開場〜

入場開始の1時間半前の10時半頃会場に着くと、すでに100人程が並んでいた。数人のスタッフがしっかりと列整理をしており、どのスタッフもスーツなどの正装なので、主催側がお遊びのイベントではなく、あくまで真面目な講演会として対応していることが感じられた。のっけから好印象である。
十分入れるだろう人数に安心して並んでいると、後から続々と客が来訪し、あっというまに最初の3倍、4倍の人数になっていく。それを見渡してみると、予想以上に女性、しかも十代半ばの子が多いのに気付く。男女問わず、しかも感受性の強い若い女の子にも支持されるあたりが、大地監督ならではといったところだろう。あきらかに中学生ぐらいの女の子も多く、こうした子が『こどちゃ』をしっかり見ていたのかと思うと、一ファンとしては「見るべき人間がしっかり見ているんだな」と実に嬉しい。

12時すぎに入場開始。入り口で荷物チェックをし、パンフとアンケート用紙をもらっての入場となる。この間の対応が非常によく、とても学生主体とは思えない手際の良さだった。

いざ会場に入ると、『りりかSOS』の最終回の曲が流れており、この選曲の良さに「おおっ!」と感激する。ラスト2話用に作られた、4曲からなる「組曲:命の花」がリピートで流されるのだ。大地監督作品でも今だに根強いファンを持つりりか、その最後を飾る曲を持ってくるのは確かに心憎いのだが、さすがに2時間弱の間、8分程の曲を延々と聞かされるとさすがに飽きる。個人的にはもう少しバラエティにとんだラインナップでもよかった気もする。

 

・第1部

午後2時、いよいよ開演となり、まずは司会の古屋さん(おそらくはWALTの人)が登場し、続けて司会の紹介を受けて十兵衛ちゃんのテーマとともに大地丙太郎氏の登場となる。
大地氏は上下黒のスーツで決めており、雑誌などで見る庶民的なイメージとは異なって、まるで一商社マンのような印象を受けた。それでもいざ喋りだすと、そのユーモアさは大地氏本人であることを納得させる。
最初の挨拶の後、司会の古屋氏がまずは先日アニメーション神戸で、大地氏が賞をもらったことをお祝いした。
司会「いや、これは過去そうそうたるメンバーが賞をもらってますからね。まずはワタナベシンイチさん」
(会場に若干の笑い)
大地「ああ、ナベちゃん」
司会「幾原邦彦さん」
大地「ああ、イクちゃん」(会場に笑い)
司会「庵野秀明さん」
大地「ああ、アンちゃん」(会場、ドッと笑い)

とまぁ、最初からこんな調子である。
すかさず「庵野さんにはお会いしたことはないんですけどね」と付け加えるあたりが、人の良い大地氏らしい。(いつか、対談してほしいんですけどね)
そして二人が席につくと、司会が話題を進めていく形でトークが始まる。

まずは、大地氏が現在に至るまでを語ってくれた。中学の頃に、たまたま廃品回収で手に入れた「おそ松くん」を読んで衝撃を受けたのがそもそもの始まりだということ。そして演劇を目指し、写真家を目指し、たまたま人に勧められてアニメーションの撮影の仕事をしたのが最初の就職先。「未来少年コナン」の撮影の際、急遽呼ばれて社員旅行先の軽井沢から帰るはめになったのが悔しい、という話が面白かった。
撮影の仕事は数年でやめ、カラオケの映像作りなどのビデオ映像作りにも携わるが、屋外、特に夏場の撮影は大変で「なんてきつい仕事だ」と、これもすぐにやめることとなる(笑)。
そしてアニメの仕事をすることにし、「ドラえもん」で初めて絵コンテを担当するが、ギャグ満載の内容に監督に怒られてボツ。この話は知っていたが、「のび太が爆発で黒板に叩きつけられ、ズボンがずり下がる」という中身を聞き、そりゃだめだわと納得する(笑)。

プロフィールはここまで、次は作品ごとに話をするのではなく、まずは演出に関する話。
「大地作品のスピーディーなテンポはどういったわけで?」という質問に、「いっぱい盛り込みたくて、凝縮していくと自然にああなってしまう」
「十兵衛ちゃんの殺陣の演出は?」という質問に、「昔からチャンバラがやってみたくて、よく喫茶店などで振りをしていた。十兵衛ちゃんのチャンバラシーンについては、段取りを追及するのではなく、“何だかよくわからないけど、よく動く”という感じで」と。ついで「あとは、おまかせ」というのが大地氏らしい。

続いて音響の話に。
「チャチャの二重音声(人物が同時に喋る)の演出は、桜井弘明、佐藤竜雄、そして音響の田中一也がお互いに刺激しあったことによる。自分も田中氏もアニメがこういうものというのはわかっておらず、実験しつつやっていた」
大地氏はこどちゃで作詞もしていたが、作品の歌について、初めて自分の好きなようにしていいことになったのが「おじゃる丸」だそうである。NHKということで、歌手は「サブちゃんがいい」と主張し、「ホントですか?!」の反応に「ホントですよ!」と答え、本当にそれでOKとなる。それでかなり気分よく作詞できたそうで、このことが今年かなり嬉しかったことだそうだ。

覚えている話はこんなところだろうか。

冒頭のプロフィールからここまで(といっても第2部もそうだが)の話は、アニメ誌などのインタビュー記事をくまなく読んでいる身としては、いまさらですでに知っていることが多い。しかしそんな観客ばかりでなく、初めて大地氏本人の人となりに触れる人が多いと思うので、これはこれでいいだろう。観客の反応は非常によく、随所に笑いが起こっていたのでこれでよかったと思う。大地氏の話の間の取り方もまた絶妙で、笑いをさそうものだった。

 

人間が笑えるまで

最後に、3番目として監督のテーマ論を聞くという話になった。
これに対し大地氏は、自分の作品を作るにあたってのテーマは「笑いと命」だと語った。
笑いについては、ギャグの作風を見ればいまさらである。後述の「命」については、私は常々「大地監督は【命の話】を描き続ける作家だ」と言い続けてきたので、非常に嬉しいことだった。初監督の『りりかSOS』の最終回で、一人の命が無くなることがどれだけ悲しいかを訴え、次回作の『こどちゃ』では生きるていくことのつらさ、そして生かされていることのありがたさを取り上げ、そして『おじゃる丸』では木の精の成仏の話、『十兵衛ちゃん』でも妻を死なせてしまったと、後悔する父の苦悩が描かれる。大地作品では「生きている」ことへの問いかけ、すなわち「命の話」がいつも存在する。
そのため、この「笑いと命」という言葉はまったくもって大地氏にふさわしい。ただ、あくもでもこれは両方を扱うよという意味での「笑い」と「命」だと思ったのだが、なんと大地氏はこの二つを関連させて語り始めた。

生きていくのは苦しいしつらいこともいっぱいある。けれど、そういったものを乗り越えた時、その時の笑いというのは格別なものがある。そういった「人間が笑えるまで」を描きたいと思っている。

といった趣旨のことを述べた。
「命」、つまり生きている、生きていくというのは、いつか「笑う」ことを目指し、やっていくことだと大地氏は伝えたいのではないだろうか。これは『こどちゃ』の名ゼリフ「生きてるだけで、丸儲け!」とも一致する。つまり、「儲けなきゃ、生きてることにならない」ということだ。

「生きるための笑い」「笑って生きていく」

ギャグとシリアス、どちらも全力投球できたからこそ「笑い」と「命」が結び付き、自分の人生ギャグだったと、ギャグ一筋で生きてきたからこそ言える、味のある言葉でありテーマである。


その後、いろいろなことについて喋ったのだが、記憶が定かではない。印象に残ったことを二つほど。

常に、人物がどんな状況に置かれどういう心境なのかを考えて作るという監督。『こどちゃ』の中では、ニューヨーク篇で直澄君が実の母が悪い女と知った後に、最後に対面するシーンでどう対応するかが一番悩んだそうだ。

もう一つ、作品を作る時の心がけとしては「自分がいいと思うものは、他の人もいいはずだ」と思って作るそうである。
まったくもってその通りで、そうしなければ作品に魂は入らない。もちろんそうすれば必ず入るというわけではないが、少なくとも入る可能性を失ってしまう。よくそういった作品を「押し付けだ」「自分勝手だ」などと言う声を聞くが、優等生じみた、当たり触りのない作品を見せられるよりはよほどマシであろう。

開始から1時間、3時頃ひとまず第1部は終了。15分間の休憩となる。休憩の間は『おじゃる丸』の主題歌、サブちゃんの歌声が流された。必然性があるようなないような選曲だが、休憩の間「まったり」してほしいということかもしれない。

 


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