100年前、横浜村は漁港でした、といっても砂浜に手こぎの魚釣り舟が並んでいただけのことです、黒船の到来で瞬く間に変わりました。そして歴史はさらにスピードを上げ、日本という家の玄関口は改築され横浜は一線を退きました。
横浜、関内から山下公園にかけては古き良き時代のたてものがたくさん残っています、この絵、「開港記念館」はその代表です。現代のガラス張りのビルにない、落ち着きと重厚さは絵心をくすぐります。
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