序文
ISO(国際標準化機構)は、国家標準化団体(ISO会員団体)による世界的規模の連合体である。国際規格の案の作成は通常ISO専門委員会によって行われる。ある問題について専門委員会ができれば、関心のある会員団体はすべてその委員会に代表を送る権利がある。政府機関であってもなくても、この作業に参加することができる。ISOは、国際電気標準会議(IEC)と、電気規格に関するすべての事項について厳密な協力関係にある。
専門委員会で採択された国際規格案は、ISO会議に国際規格として採択される前に、会員諸団体に配布して承認を得なければならない。承認を得るのには、ISOの手続きに従えば、投票に加わった会員団体の少なくとも75%の賛成を必要とする。
国際基準ISO3602の案は、専門委員会ISO/TC46、ドキュメンテーション部によって作成されたものである。
国際規格
ドキュメンテーション―日本語(仮名書き)のローマ字表記
0. 序
0. 1 表記体系の変換に関する基準
この「国際規格」は、表記体系の変換に関する一連の「国際規格」のひとつである。このような「国際規格」を定める目的は、人間や機械に表記体系を自動的に変換・復元できる方法を提供し、それによって書かれたメッセージの国際的コミュニケーションをはかるためである。この場合、その変換体系は復元が一義的で、しかも完全に可逆的なものでなければならない。
これはまた、表記の変換に関しては、その国固有の習慣はもちろんのこと、あらゆる音声学的・美学的要素は考慮に入れる必要がないことを意味する。こうした考慮は、機械による変換では無視されるからである。
国際的コミュニケーションのための「国際規格」を受け入れても、国内で「国際規格」と異なる規格を用いることは、両者が矛盾を来たさない限り自由である。ここに提案する表記体系はそれを認めるべきであるし、また、この「国際規格」による1字1字が厳密な国家規格による表記に自動的に変換できるようにすれば、それを国際的に使用するのはなんら問題がないであろう。
この「国際規格」は、変換体系をよく知った上で、あいまいさを残さない形で適用できる者であれば、だれでも使用できる。変換された表記は、各人の母語による原テキストの正確な発音は伝えないが、元の表記がどのようなものであるかを自動的に見出し、元の言語を知っている者であれば、正しく発音することができる。これは、英語やポーランド語の知識があれば、英語やポーランド語で書かれたテキストを正確に発音することができるのと同じである。
この「国際規格」と矛盾しない国家規格を定めた場合、国際的な刊行物において、それぞれの言語が話されている国の慣習に従ってその言語の形態素(訳注1)を表示することは差し支えない。使用可能な文字数が機械により制限される場合は、この表示を単純化することもできる。
0. 2 表記体系の変換の一般原則
0. 2. 1 定義と方法
0. 2. 1. 1 ある言語で所定の書き表し方(変換される体系)に従って書かれている語を、別の言語の別の表記法(変換する体系)で書き表わす必要のある場合がある。このようなことは、歴史や地理を扱うテキストや地図作成の資料、とりわけ文献目録作成の際にしばしば必要になる。これらの分野では、異なったさまざまな表記体系の文字を一言語体系の文字に変換し、図書目録・カタログ・索引・地名一覧等にアルファベット順に挿入できるようにする必要があるからである。
表記体系の異なる2国間で書かれたメッセージを伝達する場合も、2国間で異なる表記のメッセージを交換する場合も、一義的に伝達されることが必要不可欠である。
それによって、伝達は、人間の手でも機械[タイプライター、印刷機]でも、また電子的手段[コンピューター]によってもできるようになる。
表記体系の変換には、2つの基本的方法がある。1つは転字(訳注2)、もう1つは転写(訳注3)である。
0. 2. 1. 2 転字とは、単音文字または音節文字(原注1)を変換字母体系の文字で表すことである。
この変換は文字対文字を原則とすべきである。すなわち、変換される体系の1文字が、変換する体系の1文字によって表されるということである。これは変換する字母から変換される文字体系への完璧にしてあいまいさを残さない形での逆変換を保証する最も単純な方法である。
変換する側の表記体系の文字数が変換される側の表記体系の文字数よりも少ない場合は、連字(訳注4)や区分符号を使う必要がある。このような場合には、独断的な選択や、ごく慣用的な符号の使用はできるだけ避けて、音声学的な論理性を保つようにし、その体系ができるだけ広く受け入れられるようにすべきである。
しかし、変換後の表記は、その変換文字をその言語の普通の音声習慣に従って発音しても、必ずしも正確に発音できるとは限らないのはやむをえない。一方、この表記は、変換された言語についての知識があれば、頭の中で元の1字1字を間違いなく復元し発音できるようになっていなければならない。
0. 2. 1. 3
再転字とは、変換する体系の文字を変換される体系の文字にもどすことをいう。これは転字とまったく逆のプロセスであり、いったん変換された語を元の形にもどすために、転字のルールを逆方向に適用することである。
0. 2. 1. 4
転写とは、ある言語の発音を変換する側の言語の文字によって書き表わすことをいう。転写体系は必然的に変換する側の言語の正書法に基づくことになる。転写は、厳密な再変換は不可能である。
転写は、あらゆる表記体系の変換に適用できる方法である。また、転写は完全には単音式ではない表記体系も、完全には音節式ではない表記体系も、また中国語のような表語文字にも適用できる唯一の変換方式である。
0. 2. 1. 5 ラテン文字でない表記体系をラテン文字に変換すること、すなわち
ローマ字化するためには、変換される言語体系の性格によって、転字、転写、あるいは両者の混合体のいずれかの方法をとることができる。
0. 2. 2 国際的使用をめざしてある変換体系を提案するからには、国内の慣習に対して妥協や譲歩を要求することがある。したがって、その言語を使う社会は譲歩を重ねて、国内での慣行によってしか正当化されることのない慣例的な解釈(例えば発音や正書法等に関して)を押しつけることは、いつも厳に慎まなければならない。
自国語を書き表すのに2つの表記体系が使われていて、互いに一義的に変換できる場合には、その転字体系は、以下に示す他の原則と矛盾しない限り、そのまま国際規格の基礎として取り上げるべきである。
0. 2. 3 変換体系では、必要に応じて、1つ1つの字だけでなく、句読点・数字等についても、それぞれに対応するものを指定すべきである。また、文書を書くための文字列の作り方(例えば行の方向)も考慮に入れるべきであるし、語の弁別法や分離記号の使い方も指定しておくべきである。その際、変換される体系の慣習にできるだけ従わなければならない。
0. 2. 4 大文字のない表記体系をローマ字化する場合には、国内の慣習に従って、一定の語を大文字で書きはじめるのが普通である。
0. 3. 1 音節に基づく表記体系においては、その言語における音節を表示する音節文字が重要な表記単位である。
音節文字に基づく表記体系とは、ある言語を書き表わすのに用いられる音節文字のセットである。
0. 3. 2 音節文字は、ただ1個の基本記号によって構成されることもあるし、2個ないしはそれ以上の記号を組み合わせたり並べたりすることによって構成されることもある。ある基本記号がどのような文字に使われていても常に同じ音価を担っているような体系では、(その言語に音変化が起きた場合は除いて)再転字が可能である。
0. 3. 3 音節文字は、それぞれの基本記号が文字体系全体においてどのような機能を果たしているかを考えて、記号ごとではなく、全体を見通して変換されなくてはならない。したがって、1個の基本記号であっても、それが属する音節文字のカテゴリーによっては、変換体系において異なった複数のものと等価である場合もある。音節文字の転字表は、各文字に対して2個の等価物を割り当てられるので、これによって完全な再変換が可能である。
0. 3. 4 音節に基づく表記体系を用いている言語で、分かち書きのルールなしに書かれるのが普通ならば、変換体系はその言語の形態的・統辞的構造に合った分かち書きのルールを定める必要がある。
(原注1)文字とは、ある言語の音素や音節、語、ときには韻律上の特徴までをも図形として表現する、字母式またはその他の表記体系の要素をさす。文字は単独で使われることもあれば(例:単音文字、音節文字、表語文字、アラビア数字、句読点)、組み合わせて使われることもある(例:アクセント記号、区分表示符)。â è ö のようなアクセント記号や区分表示符をつけた単音文字も、基本的な単音文字と同じく1個の文字である。
(訳注1)一定の意味を有する最小の言語形式。
(訳注2)翻字、字訳とも訳される。
(訳注3)音訳とも訳される。
(訳注4)2字で1音素を表す複合字。
1.適用の範囲および分野
この「国際規格」は、現代日本語の書きことばをローマ字で表記する体系を確立するものである。この体系を自由に使用するためには、ローマ字化しようとする者が現代日本語の書きことばの形式について詳細な知識を持っていることが必要である。
2.説明と定義
日本語の表記は、中国から借用した漢字と、日本で作られた音節文字の仮名とから成り立っている。日本語のすべての音節は、仮名遣いの規則に従って仮名だけで表記できるが、普通の日本語の文書は、漢字と仮名を混ぜて使っている。ある観念を表現するために漢字と仮名をどのように使い分けるかは、漢字の音訓表と送り仮名の規則によって定められている。
仮名には平仮名と片仮名の2種類ある。仮名で書かれる日本語の大部分は平仮名が用いられる。片仮名は、中国語以外の借用語や擬声語・擬態語を表記する場合や、特定の語を強調する必要のある場合にのみ用いられる。平仮名と片仮名との間には1対1の対応関係がある。
「国際規格」が係わるのは、仮名からローマ字への転写を示すだけであって、漢字または漢字と仮名の混在したものをローマ字に直接転写する方法を示すものではない。ローマ字で表記しようとする者は、漢字と仮名の関係を定めた規則を知っていなければならない。
3.採択された方式
3. 1 採用されたローマ字化の方法は、表1〜3bに示されている。訓令式の名で知られている方式である。仮名の性質から、この変換体系は厳密な形では再変換できない。(原注2)
3. 2 方言や外国語音を表すいくつかの特別な仮名は、これらの表から除外してある。
4.形態素の切れ目
例外的に、仮名2文字が@1音節を示す連字を形成する場合と、A独立した2つの音節を表す場合がある。例えば「こうし」という3文字の仮名は、連字「こう」と「し」から成り、「格子」を意味する "kôsi" という語を表してもいるし、「子牛」を意味する "kousi" という後を表してもいる。日本語の辞書では、連字の分割は点やハイフンで示される。例えば上記の例でいえば、"kousi" は「こ・うし」であり、"kôsi" は「こうし」のように示される。(訳注5)
(訳注5)実際の辞書では、連字の分割に点が使われることはなさそうで、ハイフン(または縦の棒)をつけるか、字の感覚を広くするのが一般的である。
5.適用の一般原則
5. 1 単語の分かち書き
日本語の文書における漢字仮名交じり文では語間をあけることなく続けて書くが、ローマ字表記の日本語のテキストでは、語と語の間に空白をおいて区切る(分かち書きする)必要がある。
5. 2 大文字の使用
欧米語の習慣に従って、文の書きはじめ、および固有名詞の語頭は、大文字で書く。
5. 3 音節の終わりに来る "n" の文字
同一語内において、音節の終わりに "n" (仮名の「ん」または「ン」)が来て、その次に母音字または "y" が続く場合は、"kan'ô"(観桜)、"kin'yû"(金融)のように、"n" の後ろにアポストロフを入れる。音節の頭に "n" が来るときはアポストロフはつけない。
例:kinyû(記入)、kanô(可能)
5. 4 二重子音
子音で始まる音節の前に小さな「っ」(表1-72)が来るときは、この記号はやや右寄り(横書きではやや下寄り)に書かれる。このような場合は、次に来る子音を重ねる。
例:がっこう = gakkô
5. 5 長母音
仮名では、長母音は特定の2連字(表3a)または3連字(表3b)で表される。しかし、なかには上記の4に示した理由によって、2連字が実際には本当に2連字ではなく、2つの独立した音節を表している場合もある。疑わしいときは、辞書で確かめた方がいい。
ローマ字に変換するときは、長母音は母音の上に曲折アクセント記号[山形]を付けて示す。例えば、長母音の「おう」は "ô" となる。
カタカナで書く借用語では、長母音は仮名の後に長音符「ー」をつける。
例:カー(「カア」ではない)=kâ
ビール(「ビイル」ではない)=bîru
ソース(「ソオス」「ソウス」ではない)=sôsu
これらの長音符は、常に母音字の上の曲折アクセント記号[^]で転写される。
(原注2)厳格な転字をする場合は、上に示した体系と異なるものになる。
表1-26 と 29 の文字はそれぞれ常に ha, he と表記される。
表1-45 は wo と表記される。
表1-58 と 59 はそれぞれ di, du と表記される。
表2-28、29、30はそれぞれ dya, dyu, dyo と表記される。
5. 5 の長母音は、bīru のように、前の母音の上に横棒をつけて表わす。
一般に日本語で使われている句読点は、以下のように転写される。
ISO/DIS 3602. 2 ― ローマ字による日本語の表記
1962年にパリで開催されたISO/TC46の総会は、「ローマ字による日本語の表記」をTC46の審議の対象にすることを決定した。アメリカの委員が試案の作成を委任された。1967年のモスクワでの会議で、委員会は批評・検討のためアメリカの作成した資料(46N833E)をTC46の各委員に回覧することを決定した。寄せられた提案をもとに文化委員会[SC]2が新たな資料(46N967E)を作成し、1969年のストックホルムでの総会でTC46の委員に提示した。そして決議にもとづきこの資料は46N967Eが第1草案として投票にかけられることになった。しかしこの案は必要な60%の賛成を得られなかった。そこで、寄せられた批評をもとに草案の修正が行われた。
リスボンで開催されたTC46の第13回総会で、修正案(ISO/TC46〈USA-3〉5E)が検討された。訓令式とヘボン式のどちらを採択すべきかという議論のあと、日本の委員から、日本では現在両方式が使われているため日本の国内委員会はどちらか一方に決定することはできないという報告があった。この報告と、さらにほかのP委員からなんらコメントがなかったことから、SC2は現時点ではこれ以上いかなる処置もとることができないと考えた。
1972年にシェヴェニンゲンで開催された第14回TC46総会で、SC2は訓令式が日本で公式に採択されていることに注意をうながした。そして、訓令式のほうが日本語の音声構造をより論理的に表わしており、ヘボン式は英語にもとづいた日本語の発音を表わすものであることを認めた。しかしヘボン式はもっとも歴史が古く、日本国外で広く採用されている方式であり、参考図書も大部分がヘボン式で書かれている。さらに、国内でもヘボン式が定着しており、日本ドキュメンテーション協会は訓令式を推薦するわけにはいかないと思っている。そこでTC46は資料ISO/TC46/SC2N25E「ローマ字による日本語の表記」をISO会員団体とISO/TC46の委員の双方による投票にかけることを決定した。
DIS3602は大多数の賛同を得たが、日本の委員は、1954年に発表された内閣告示及び訓令1にもとづき日本では訓令式以外の方法を採用することが出来ないことをあげ、この議論の再審議を求めた。
現在の草案は、1981年3月中国の南京で開かれたSC2会議に参加した研究会のメンバーが作成し、手紙による投票で1985年5月に研究会のメンバーに承認されたものである。
この修正案が、国際規格第2草案として現在投票にかけられている。
(公文書の写しはここまで)