『日本語研究センター報告 Vol.6』特集「小笠原諸島の言語文化」

表紙 目次 文献目録 English foreword

まえがき

本号、『日本語研究センター報告 Vol.6』は、1998年6月26日に返還30周年を迎える小笠原諸島を記念し、「小笠原諸島の言語文化」の特集号とした。以下に内容を簡単に紹介する。

まず巻頭における、「今、なぜ、小笠原?:社会言語学的観点からみた小笠原研究の意味することとその研究の意義」(津田葵)では、小笠原のことばが複雑な状況を呈するに至った要因を、歴史的見地から考察することにより、小笠原研究の意義を唱えている。

「小笠原諸島年表」(セバスチャン・ドブソン)は、単なる小笠原の歴史的輪郭のみならず、当時のロンドンやハワイなどにおける歴史的背景をも明らかにしている。

「江戸時代における日本人の無人島(小笠原島)に対する認識」(田中弘之著、スティーブン・ライト・ホーン訳,注)は、「海事研究 第50号」(1993)に発表されたものを英訳したものであるが、江戸時代の民間人と幕府それぞれの小笠原に対する関心の移り変わりについて研究がなされ、これまでは見逃されていた小笠原の初期の歴史についての考察が行われている。また、日本人以外の読者が理解を深めることができるように、歴史的背景等に関して詳細な注が加えられている。

「ボニン・アイランズ」(ラッセル・ロバートソン著、小西幸男訳,注)は、小笠原に関する書物において、しばしば引用されているにも関わらず、これまで日本語に翻訳されていなかったものである。日本の入植直前に、この島を訪れた英国人の目から見た小笠原の文化的、社会的特徴に関する記述がなされている。

「小笠原諸島における言語接触の歴史」(ダニエル・ロング)は 、小笠原が、現在の言語状況に至った道筋を明らかにすべく、ことばに関する過去の記録や文献を広範囲にわたって収集し、言語接触という観点から再検討をおこなった。

「小笠原諸島に伝わる非日本語系の言葉」(延島冬生)は、小笠原の地名、動植物名の語源を、ポリネシア諸語、英語に遡って整理することにより、言語接触の明確な証拠を提示している。

「小笠原における日本語の方言形成」(阿部新)は、欧米人の開拓者とその子孫、特異な方言を持つ八丈島からの初期の入植者、標準語を話す新しい移住者、以上の三者が、小笠原の言語形成にどのように寄与してきたかについて歴史的観点から考察している。

「父島の言語教育環境に関する試論」(長谷川佳男)は、日本化からアメリカ化し、再び日本化するといった揺れる政策の中で、父島における言語教育が果たす役割がどのように変化してきたかについて明らかにした。

巻末の「小笠原諸島に関する人文関係の文献目録」(ダニエル・ロング編)は、執筆者達が収集した文献を整理し、見やすい形にまとめたものである。

ここに掲載した論文は、小笠原諸島で起こった文化的接触と、その結果としての小笠原のことばについて、直接的あるいは間接的に扱ったものである。いくつかの論文で紹介されているように、この文化的接触は必ずしも円滑なものばかりではなかったし、その結果に関しても肯定的なものばかりではなかった。それにつけても、小笠原における言語使用の歴史と現状を調べる過程において、30年以上にわたった激動の過渡期を、学童達ができる限り傷つかないように努力してこられた、教育に携わる方々の、献身的で誠意にあふれた姿を目の当たりにし、深い感銘を覚えた。これらの方々に、小笠原が、過去より現在、そして未来に向け、さらに平和たらんことを祈りつつ、謹んでこの特集号を捧げたいと思う。

1998年5月26日

ダニエル・ロング

(田原広史訳)

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