平成9・10年度 東大阪市地域研究助成金
「東大阪市における方言の世代差の実態に関する調査研究」
研究成果報告書


 この報告書の目次を以下に示します。また、続けて「1.研究の概要」および「2.アクセント調査結果資料」の出だしの解説部分についても掲載します。報告書の内容に関しては、田原広史(tahara@x.age.ne.jp)あるいは村中淑子までお問い合わせ下さい。


目次

1.研究の概要(p1)

2.アクセント調査結果資料
  アクセント調査資料について(p5)
  a項目 1拍名詞(1類2語、2類2語、3類8語)(p8)
b項目 2拍名詞その1(1類2語、2類2語、3類3語)(p16)
  c項目 2拍名詞その2(4類32語)(p18)
  d項目 2拍名詞その3(5類37語)(p36)
  e項目 3拍名詞(4類13語、7類3語、その他16語)(p53)
f項目 複合名詞a (後部要素が接尾辞、6種類)(p57)
  g項目 複合名詞b(後部要素が外来語、8種類)(p59)

3.「道教え調査」文字化資料(p65)

4.「大阪アクセントにおける2拍名詞4類・5類の統合の実態について」(p73)
 (村中淑子・田原広史、『国語学会平成10年度秋季大会発表原稿集』より転載。
  ただし、発表時追加資料も掲載した)

5.「大阪方言における複合名詞アクセントの実態について」(p87)
 (村中淑子、『徳島大学総合科学部平成10年度紀要』より転載)

6.「京阪式の3拍名詞アクセントの実態について −非共通語化と共通語化−」(p111)
 (村中淑子、『大阪樟蔭女子大学日本語研究センター報告第7号』より転載)

7.調査票(フェイスシート及び提示用冊子)(p125)

8.協力者一覧(p140)


1.研究の概要

 本書は、平成9年度および平成10年度の「東大阪市地域研究助成金」による研究の前半部分、すなわちアクセント調査に関しての成果報告書である。この助成金は、東大阪市に所在する5つの大学及び短期大学の教員が行う、東大阪の地域に関する学術研究の経費を助成することにより、研究を支援し、今後の東大阪市のまちづくりに役立てることを目的とするものである。平成9年度より新たに開始されたが、初年度については、年度途中に公募が始まったため、実質約1年半の研究期間であった。下記に研究の計画と実績について述べる。

研究課題  『東大阪市における方言の世代差の実態に関する調査研究』
研究代表者 田原広史(大阪樟蔭女子大学・学芸学部・国文学科・助教授)
研究分担者 村中淑子(徳島大学・総合科学部・人間社会学科・助教授)【99年4月より姫路獨協大学・外国語学部・助教授】
研究経費  平成9年度455,000円、平成10年度500,000円

研究目的(申請時計画調書より)

 この研究では、東大阪市域における方言について、世代差を中心とした調査と分析をおこなう。調査内容は、現在、当地の方言を論じる際に必須であるにも関わらず、詳細な実態が明らかになっていない「単語アクセント」および「待遇表現(敬語)」である。

 単語アクセントに関しては、現在、京阪アクセント地域で体系的変化が起こりつつある2拍名詞4類(海、糸、肩など)、5類(猿、雨、秋など)を中心に、多人数調査によって、世代差の実態を明らかにし、変化のメカニズムおよび方向について理論づけをおこなう。また、これまでに実態が把握されていない、複合名詞(窓ガラス、京ことば、八重桜など)、助動詞(行かンカッタ、行かナンダ、行くソーヤなど)、文末助詞(行くナ、行くカ、行くデなど)のアクセントについても明らかにしたい。

 待遇表現の問題点としては、近畿中央部には、学校で習う共通語の敬語ではなく、自分たちのことばとしての方言の敬語があるが、当地における使い分けの実態は必ずしも明らかになっているとは言えないことがあげられる。われわれは、話し相手や話題の人物の動作を敬ったり、親しみを込めるために、「行きハル、行きヨル、行きヤル」といった使い分けをおこなっている。また、自分の動作を相手に持ちかける際にも、「行くナ、行くネ、行くワ、行くノ、行くデ」といった、終助詞による微妙な使い分けをおこなってる。使い分けの基準は、その人物との関係がいかなるものか(年齢や身分が上か下か、親しいか親しくないか)、自分を話し相手にどのように見せたいか、などが考えられるが、この研究では、使い分けの実態とその要因との関係について詳細に分析する予定である。
(※今回の報告書では、単語アクセントの研究のみ扱う)

東大阪市との関連(申請時計画調書より)

 ことばは文化の根本に関わるものである。ことばがどのように継承されてきて、現在どのような状態にあるのか、そして、次世代にどのように伝えていくべきかということは、ことばのみならず、ことばを用いる文化全般にとって大きな問題である。
 関西のことばは、近世前半まで標準語であったこともあり、現在でも他の方言と比べ、勢いのある方言として一線を画している。ところが、当地域では現在急速な勢いで方言が失われつつある。全国各地で方言の衰退を危惧し、次世代に積極的に方言を伝えていこうとしている昨今の風潮の中にあってである。申請者がこの6年間、河内方言地域においておこなってきた200名を越える方言面接調査の結果でも、60歳代から20歳代にかけての方言の衰退は、はっきりと見てとれる。また、老年層の意識としても、「孫にこんなことばを使っても理解してもらえないから、ついつい別の言い方(共通語)を使ってしまう」と言った意見をよく耳にした。このような消極的な理由で、これまで連綿と伝えられてきた大阪方言を失うことになるのは何とも惜しいことである。
 方言をどのように伝えていくべきかに関しては、まちづくりの一環として考えていく必要があろう。この問題を考えるにあたっては、当地の方言の現状およびことばに対する意識について客観的に把握しなければならない。そのためには、研究目的のところで述べたような調査研究を是非ともおこなう必要がある。

研究の状況

【アクセント調査に関するもの】

【待遇調査に関するもの】

本報告書を発刊するにあたって

 上の研究目的で述べた内容と異なる点があるので断っておく。それは単語アクセント調査の中で予定していた、助動詞、文末助詞のアクセントを扱わなかったことである。これらについては、適正に調査できる量との兼ね合いで省略せざるを得なかった。今後の機会を待ちたいと思う。その代わりとして、調査に変化をつける目的もあって、「道教え」項目を実施した。

 今回の研究についての感想を述べる。1年半と短かった研究期間にしては、まずまずの成果をあげることができたと考えている。幸運にも、全国学会で口頭発表をおこない、それとは別に2本の論文を送り出すことができた。口頭発表した内容についても、現在、論文化をおこなっている最中である。

 このような成果をあげることができた理由について考えてみる。田原については、この研究以前に、東大阪市を含む河内地域における方言調査を6年にわたりおこなってきたが、そのフィールドワークの経験を本研究に生かすことができた。村中については、京阪地域の音調を専門分野として、継続的な研究をおこなってきたことがこの研究につながった。さらに、先学の研究の下地があったこともあげられよう。

 特に、平成元年から平成4年にかけておこなわれた、重点領域研究『日本語音声における韻律的特徴の実態とその教育に関する総合的研究』の中の西日本班でおこなわれた、大阪市における主要都市調査の調査票作成作業に両名とも参加できたことは、今回のアクセント調査に関する問題点の洗い出し、調査文の設定などについての下地になっていることを特筆しておく。

 以上のようなさまざまな事柄の上に、本研究が花開いたと言えるだろう。

 今後は、残りの待遇表現調査の分析を進め、報告書として公にする予定である。アクセント調査に関しても、さらに下の世代を調査し、次なるアクセント変化の過程を追求すべく、来年度の科学研究費補助金を申請中である。

 最後になったが、今回の研究でおこなった2回の調査にあたって、お世話になった東大阪市地域振興室、話者を紹介してくださった方々、また、貴重な時間を割いて、調査にご協力くださった方々にお礼申し上げる。調査員として参加してくれた田原ゼミの学生諸君、卒業生の中上さんにもこの場を借りて感謝したい。最後に、本研究の趣旨と内容にご理解いただき、援助をしていただいた東大阪市、ならびに事務手続きにあたって、お手をわずらわせた東大阪市企画部にお礼申し上げる。

 1999年3月  
田原広史  
村中淑子  


2.アクセント調査結果資料

アクセント調査資料について

 以下に本調査で実施した調査語彙と調査形式の一覧表を示す。類別語彙については、『国語学大辞典』のアクセントの項にある金田一春彦の分類によるが、相当語も調査語彙に含めた。類別相当語については、単語一覧では*を記した。まず、調査形式を下表に示す。列の意味は以下の通りである。

単独:単語を単独でそのまま読んだもの
   (「父」「雨」「ゴロ」など)
高起:単語に高起式の述語が助詞を介さずに直接続く文
   (「手貸して」「空きれいやなあ」「雨やんでるわ」など)
低起:単語に低起式の述語が助詞を介さずに直接続く文
(「秋来るで」「木生えてるわ」「ゴロとってや」など)
助高:格助詞ガ、ヲなどを介して、高起式の述語が続く文
(「手を貸して」「空がきれいやなあ」「雨がやんでるわ」など)
助低:格助詞ガ、ヲなどを介して、低起式の述語が続く文
(「空が見えるわ」「木が生えてるわ」「傘を持ってや」など)
この:連体詞コノに続くもの。該当語の起式を明確に判定する必要があるもの
   について用いた(「この根」「この目」「この頭か」など)

 文の形のものについては、できるだけ自然なアクセントを引き出すために、方言文末詞を多用した。具体的な調査文については、後出の個々の項目のグラフ、あるいは、巻末の調査票を参照されたい。3拍語(その他)、複合名詞に関しては、適宜会話文の形にしたが、後続語の式による比較が観点ではないので、すべて「単独」として扱う。

 調査形式
 調査語一覧