長安雅山(ながやす がざん) 1875〜1963


 明治〜昭和期に活躍した画家で義士研究家。本名は「孝之助」、「雅山」は号である。
 明治8年10月7日に赤穂町に誕生、父は画家長安玉桂(金学)で久田流茶道の奥義を究めた。祖父は赤穂藩森家の絵師長安義信(周得)で「赤穂義士画像」(赤穂花岳寺所蔵)など数々の作品を残した。
 両親没後の明治16年(1883)、雅山一家は大阪へ移ったが、雅山は明治31年(1898)に単身上京し画家橋本雅邦の門弟となった。以後、60余年の長きにわたって幾多の作品を残した。また、出身が赤穂であるためか赤穂義士の研究にも没頭し、その研究の成果を絵画に反映した。則ち「赤穂義士像画」(赤穂大石神社所蔵)や「赤穂義士真観」(赤穂市立歴史博物館所蔵)がそれである。「赤穂義士画像画」はその衣裳を討入装束で描いた義士個々の画像で渡辺世祐・宇都宮七五からの指示のもと、史実に即して描こうと努力している。また、この絵は花岳寺に所蔵されている祖父義信筆「赤穂義士画像」を意識している。雅山は祖父の義士画像とともに自分の義士像が後世に残されることを誇りとした。
 昭和38年12月28日に東京杉並区の自宅で死去した(89歳)。

主要作品 備考
赤穂義士像画 昭和10年6月、有志より赤穂大石神社奉納
赤穂義士真観 赤穂市立歴史博物館所蔵


主要著作・論文等 年代 所収誌等
赤穂義士の画 昭和13年 旧『義士魂』66号

【参考文献】赤穂義士会編『赤穂義士会報 16号』(昭和54年)、同『同 23号』(昭和58年)、大石神社編『大石神社と赤穂城』(昭和60年、大石神社)、赤穂市立歴史博物館編『二人の法橋〜周得と文周』(図録・平成元年、赤穂市立歴史博物館)。

(079/2000/09/12)