ハートウェーブは、ハートランドがお届けする読み物メールマガジンです ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷            ハ ー ト ウ ェ ー ブ ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷ 花号 99.02.17 ÷÷÷÷ ☆こんにちは。花山ゆりえです。  だんだんと春が近付いているという感じがする今日この頃、みなさまいかが おすごしでしょうか? 今日お届けする私からのささやかな贈り物が、みなさ まに少しでも楽しんでいただけますように。 φ本日のメニューφ  1.灯火(第2回)  2.Love & Peace @灯火@  背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。慌てて振り向いた自分の手の中で、 拳銃が跳ね上がるのと同時に聞こえた、声。  「パパーーーーッ」  声は唐突に途切れた。そこで目が覚めた。    2  ぼうっと見上げた視線の先で、オレンジ色をした街灯が夜空に浮かんでいた。 けばけばしい色なのに、それは何だかひどくはかなげに見えて、手を伸ばして 掴んだらそのまま消えてしまいそうに思えた。足下に蹲る女と、何となくイメ ージがダブった。 「ねぇ」  下から囁くような声が聞こえた。 「ねえったら」  秀司は初めて、自分が呼ばれているのだとわかった。 「え……なんですか……」 「ちょっと手を貸してくれない? 足、挫いたみたいなの」  秀司はのろのろと女の方を見下ろした。じっと自分を見上げている女の無感 動な目は、瞬きもしない。 「ねえ、ちょっと、聞いてるの?」 「あ、ああ、ごめんなさい」  漸く我に返ったように、秀司は差し出された女の両手を掴むと、ゆっくりと 立ち上がらせた。 「あいたたたっ。やっぱり挫いてるわ」  女は大げさに声を出すと、秀司の腕にからみつくように体重をかけてきた。 「ねぇ。送ってよ」  からみつくような声が囁く。 「送ってって……」 「こんなんじゃ、もう今夜はお店に出れないわ」  挫いた足よりも、その顔に黒々と広がり始めた痣の方がずっと女の仕事に障 りそうだと思った時、秀司は自分も仕事を放り出してきていることに気付いた。 「あ、でも、俺、仕事中だから」 「何言ってんのよ。余計なお節介焼いておいて、その言い草はないでしょう?」  耳元で怒鳴られて、秀司は思わず肩をすくめた。急に怒りだした女は手のつ けられない野良猫のようだった。 「わかりました。送ります」 「ありがとう」  秀司の言葉に嬉しそうに女は微笑んだ。秀司はわけのわからない状況に戸惑 いながらも、女の身体にそっと腕を回すと、その足に負担がかからないように 歩き始めた。  女の住むマンションは、すぐ近くだった。  部屋の前まで送ったらすぐに帰るつもりだった秀司は、中へ上がってお茶で も飲んでいかないかと誘われ、困っていた。 「ママ? ママなの?」  不意に奥から女の子の声が聞こえた。 「千春ったら、まだ起きてたの? 早く寝なさいと言ってあるでしょう?」  右手を振って、まるで猫の子でも追い払うような仕草をする女の肩越しに、 眠そうに目を擦りながらこちらを見ている小さな女の子の姿が目に入った。手 には小さなテディ・ベアのぬいぐるみをしっかり握っている。くしゃくしゃに もつれた髪には、ほどけかけた赤いリボンが結ばれていた。  秀司の視線に気付いたのか、女はばつの悪そうな笑顔を浮かべると、ぽつん と言った。 「娘なのよ」  女は諦めたようにため息をつくと、女の子の方を向いて両手を差し出した。 それが合図であったかのように、女の子が飛びついてきた。  どう見てもせいぜい5歳程度にしか見えない女の子を愛おしげに抱き締めて いる女は、先ほど秀司を激しい言葉で動揺させた女と同じ人間には見えなかっ た。  黙って二人を見つめていた秀司の頬に、うっすらと笑顔が浮かぶ。 「あ、ごめんなさい。ほったらかしにしちゃって」  今は娘をその腕に抱き上げて、女はまるでうってかわった優しい声でそう言 った。その笑顔は、相変わらずどぎつい化粧に飾られてはいたものの、まるで 聖母のように穏やかで優しい温かさに満ちていた。 「お茶、ご馳走になります」  秀司は思わずそう言っていた。その言葉に女は一瞬びっくりしたようだった が、すぐに笑顔を浮かべると、どうぞ、と言って秀司を中へ通した。娘はその 腕の中ですでに夢の国へと旅立とうとしていた。    女は、谷崎洋子と名乗った。娘の千春は4歳になったばかりで、来年の春か ら幼稚園に通うのを楽しみにしているのだという。 「可愛いお嬢さんですね」  秀司はそう言いながら、久しぶりに人の心に触れていると感じていた。  こんな風に誰かと話すのは、久しぶりだった。周りにたむろする人間達はみ な、多かれ少なかれ秀司と同じように心に何かの傷を抱えた者達ばかりで、心 の底から何かを語り合ったりするような仲間ではなかった。 「ナイショなのよ。娘がいること」  そう言いながら、洋子は悪戯っぽく片目をつぶって見せた。そんな表情をす ると、洋子はいくぶん、子供っぽく見えた。  水商売の女と、小さな娘。こんな二人住まいは、決して珍しいものではない。 それでも、洋子は娘がいることは内緒にしているのだという。 「そのことで人に気を遣われるのがいやなの」  言いながら、洋子は傍らのソファですやすやと寝息を立てている千春を見つ めた。  それが、余計な世話は焼いて欲しくないと言う強がりなのかどうかは秀司に はわからなかったが、きっぱりとそう言い切る洋子を、美しいと思った。  掃き溜めのような場所で生きていることでは、洋子も秀司も変わらないのだ ろう。けれど、洋子からは、そんな運命と闘っている強さのようなものが感じ られた。急に秀司は、自分が恥ずかしく思えた。 「洋子さんは、強いんだ」  秀司は何の気なしにそう呟いた。 「そんなこと……」 「いや、そうだよ。俺なんか……」  言いよどんだ秀司の顔を、洋子が覗き込む。 「俺なんか、なんて言い方、やめなさいよ」 「え?」 「そう思うから、そうなるの。人間、何とかなるものよ」  言いながら、洋子がそうっと秀司の手を握った。柔らかく包み込むその手の 温もりが、幼い頃につないだ母の手を思い出させた。 「諦めちゃダメよ。きっと良いこと、あるから。ね?」  そう言って華やかに洋子は笑った。その時、秀司は自分の中でずっともやも やとしていたものが、急速に晴れていくような気がした。  不意に、自分の手を包む温もりがまるでじかに心に触れているような錯覚に 陥りかけて、秀司は慌てて言った。 「お、俺、仕事に戻らなくちゃ。世話してくれた人に迷惑かけるから」 「あ、そうね。ごめんね、引き留めちゃって」  慌ただしく立ち上がった秀司に、洋子はもう一度言った。 「諦めちゃ、ダメよ」 「あ、はい。あ、ありがとうございました」  逃げるように部屋を飛び出した秀司の鼓動は、嬉しさとも恥ずかしさともつ かぬ高ぶりに速まっていた。 @Love & Peace@  愛すること。守ること。想いはいつでも純粋でピュアなもの。  本当に愛しいものはそんなにたくさんみつかるものじゃない。だからこそ、 もしもそれを見つけたら、迷わずに抱き締めたい。  たとえそれが神に背くことだとしても。  それこそが私にとっての幸せなのだから。 ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″ ☆今回の花号、お楽しみ頂けたでしょうか? 連載の感触はまだ掴み切れてな いのですが、感想などお聞かせ頂ければ幸いです。   ☆次回は27日に桃号発行の予定。来月7日にハニー号(テーマ:愛しい)を 発行の予定です。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ ☆発    行  ハートランド ☆本日の担当者  花山ゆりえ(yn6y-iruc@asahi-net.or.jp) ☆このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して  発行しています。( http://www.mag2.com/ ) ☆バックナンバーはhttp://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/ でご覧いただけま  す。掲示板もありますので、ふるってご参加ください。よろしくね。  メールでのおとりよせもできますのでお気軽にどうぞ。 ☆みなさまからのご感想、リクエストなどを心から、お待ちしています♪ ☆お願い 掲載された内容を許可なく、転載しないでください ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞