ハートウェーブは、ハートランドがお届けする読み物メールマガジンです ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷            ハ ー ト ウ ェ ー ブ ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷ 花号 99.03.17 ÷÷÷÷ ☆こんにちは。花山ゆりえです。  連載の最後を締めくくる回だというのに、発行がすっかり遅れてしまって本 当にごめんなさい。実は一週間ほど前から持病の偏頭痛がひどくて、なかなか 進めることができませんでした。最後だから、という思い入れもありまして、 ちょっと時間をかけさせていただきましたが、それだけの甲斐のあるものがで 来あがっているといいのですけれど...。  何はともあれ、花山の初のチャレンジとなりました連載の最終回を、みなさ まに少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。 φ本日のメニューφ  1.灯火(第3回)  2.ハート、切なく。 @灯火@  もう、いらないんだ。こんな命は。  俺は生きていても仕方ないんだから。    3  この冬一番の寒波の影響とかで、その晩はずいぶんと冷え込んでいた。  ポケットに突っ込んでいてもあったまらない手を出し、秀司ははあっと息を 吹きかけながら、マンションの下に立ち、窓を見上げていた。  あれから洋子の部屋に毎日のように通うようになっていた秀司は、時には洋 子の若い恋人と間違えられて近所の主婦にからかわれるほど、その界隈でも顔 を知られるようになっていた。  部屋に遊びに来ては千春の相手をいつまでもしている秀司を見て、洋子は嬉 しそうに笑いながら、言った。 「意外ねぇ。あなたがそんなに子供が好きだったなんて」  実際、秀司にとっても意外なことだった。  兄弟を持ったこともない上に、幼い頃から孤立していた秀司は、他の子供と 遊んだ記憶がほとんどない。当然ながら、他の子供とどんなことをして遊ぶの かも良く知らなかったし、子供の相手をすることを、こんなに楽しいと思える とは、自分でも思っていなかったのだ。  しかし、実際千春と遊ぶのは楽しかった。  精神的に、幼さの抜けていないせいだったのかもしれない。それとも、千春 の相手をしてやると喜ぶ洋子の顔が見たかったからだろうか。  はっきりしたことは秀司にもよくわからなかったが、それでも、そうしてい ると楽しかったし、幸せだった。穏やかな気持ちで時間を過ごすことができた。 それまでの、どこか追い立てられているような切羽詰まった空気は、洋子と千 春と過ごしている時には感じられなかった。秀司にとっては、今や二人と過ご す時間は、かけがえのないものとなっていた。  灯りのついたいくつもある窓のうちの一つを、じっと見上げる。  煌々とした白色の蛍光灯の色ではない、柔らかなオレンジの、灯り。その灯 りは、小さな頃見た外国の絵本に描かれていた、暖炉の温かな火の色をいつも 秀司に思い出させた。  だから、秀司はいつも、ここにくるとまず最初に、その窓を見上げるのだ。  小さな窓に映っている影は、洋子のものだろうか。  その時、不意にその影が揺れたかと思うと、急に見えなくなった。秀司はた ちまち嫌な予感におそわれ、洋子の部屋へと一目散に急いだ。  いつもなら、インターホンを押してその訪問を告げるのだが、その手順を飛 ばし、秀司はいきなり入り口のドアを開いた。  秀司は言葉もなくそこに立ちつくした。いつか見た光景が、そこにあった。  打ちひしがれたように横たわる、洋子。そして、その洋子にのしかかるよう にして拳を振り上げている、男。  あの時の、男だった。クリスマスの晩、路地裏で洋子を張り倒していた、あ の男。  秀司の方からはその顔を見ることはできなかったが、確信があった。そう思 った瞬間、秀司は靴を脱ぐことも忘れて駆け上がると、いきなりその男に体当 たりしていた。 「うっ」  転がった男が、低いうめき声を漏らしながら、突然何が起きたのかと、秀司 の方を見上げた。 「誰だ、てめぇは」  怒鳴りながら、男は威勢良く立ち上がった。自分に体当たりを食らわしたの が不健康そうな金髪の若い男なのを見て安心したのか、その顔に浮かんでいた 怒りの表情は、にやりとした嘲りに変わった。 「それはこっちの台詞だ」  秀司もすかさず応戦した。どこの誰かはわからないが、この間といい、今度 といい、こんな風にか弱い女を暴力で痛めつける男には我慢がならない。  特に、洋子にこんな事をする男は。  いい加減な生き方をしてきた秀司ではあったが、それでも、女子供に暴力を ふるったことはない。自分よりも弱いものを力で圧倒しようとするのはどう考 えてもフェアじゃないと、それだけは堅く心に誓っていたからだ。 「俺が俺の女に何しようと、おまえの知ったこっちゃねえ。黙ってすっこんで ろ」  次の男の言葉は、たちまち秀司の熱くたぎり始めていた闘争心を凍り付かせ た。  俺の、女。男は確かにそう言った。その言葉の真偽を確かめたくて、秀司は 洋子の方を見たが、洋子は横たわったまま、秀司から顔を背けていた。  秀司の動揺を察したのだろう、男はさらに秀司ににじり寄ると、口からつば を飛ばしながら、その鼻先でさらに言葉を続けた。 「聞こえたのかい、お兄ちゃん。聞こえたんなら、とっとと失せな。俺はこい つに大事な話があるんだ。邪魔をされちゃあ困るんでね」  呆気にとられた秀司が言葉もなく立ちすくんでいるのを見て、男はそれ以上 威嚇する必要もないと思ったのか、再び洋子の方へ戻ると、その肘をつかんで 無理矢理立たせた。  洋子の頬は、両方とも赤く腫れていた。どれだけひどく殴られたのだろうか。 「ほら、とっとと立たねぇか。面倒かけさせんじゃねぇよ」  言いながら、さらに男は洋子を殴った。洋子は明らかに怯え、そして、自分 の肘を掴んでいる男の腕から逃げようと、盛んに身を捩っている。  その時、まるで呪縛が説けたように、秀司は再び男に突進していった。 「うぉーーーーっ」  声とも叫びともつかぬ声を張り上げながら、秀司は男に飛びかかった。慌て た男は、倒れしなに懐から何かを取り出した。 「てめえ、おとなしくしてりゃいい気になりやがって」  男の手に握られていたのは、拳銃だった。銃口は、まっすぐ秀司に向けられ ていた。  けれど、秀司はもう何も恐れていなかった。自分がここで過ごしたあの平和 な時間。それをこんな風にめちゃめちゃにしているこの男がどうしても許せな かった。 「ふざけんなぁっ!」  秀司は再び男に飛びかかった。その反撃を予想していなかったのか、男が引 き金に指をかけるより早く秀司が男にのしかかった。  もつれ合って床を転げていく二人の男を、洋子はがちがちと歯を震わせなが ら声も出せずに見守っている。やがて、部屋の端まで転がっていった男たちは、 壁際で激しく揉み合いを始めた。 「お、お願い……やめて……」  洋子の懇願も届かず、男たちはもはや獣のように互いを倒すためだけに戦っ ていた。  ぱぁーーーん。  やがて乾いた音が、地獄のような光景をスローモーションのワンシーンへと 変えた。  腹を押さえてうずくまる、男。がたがたと震えながらゆっくりと立ち上がっ た、秀司。腹を押さえている男の指の間からは、見る見るうちに血が溢れ出し ていた。 「お、俺、俺……」  秀司は呆然と立ちつくしたまま、ゆっくりと洋子の方を向いた。洋子は部屋 の隅に蹲りながら、腹を撃たれてうめいている男を見ている。 「洋子さん、俺……」  弁解をしたかったのか。それとも、震える洋子を元気づけようと思ったのか。 秀司はふらふらと洋子の方へと歩いていく。洋子はまるで魔物でも見るように、 怯えきった眼差しで盛んに逃げようとしていたが、背後にぶつかる壁に阻まれ てびくりと身を震わせた。 「洋子、さん……」  その時、不意に秀司は背後に駆け寄る足音を聞いた。慌てて振り向いた秀司 の手の中で、拳銃が再び乾いた音を立てた、その時。 「パパーーーーッ」  声は、唐突に途切れた。秀司の目の前で、小さな千春の体がぱったりと倒れ た。 「千春?」 蹲っていた洋子が、弾かれたように立ち上がると、倒れた千春に駆け寄った。 「千春! 千春っ! いやぁーーーーーっ」  洋子の泣き叫ぶ声を最後に、秀司は何も聞こえなくなっていた。泣きじゃく りながら取りすがる洋子。その腕の中で、胸に真っ赤な血の花を咲かせている 千春。  千春。明るく愛らしい、汚れなき天使のような千春。この手で、殺してしま った。あんなにも愛した小さな魂を、この手で。  ぱぁーーーーーーんっ。  再び乾いた音が響いた。秀司の足下に、洋子が頽れた。その顔は、信じられ ないと言った驚きに凍り付いていた。  みるみるうちに足下に広がる血溜まりを眺めながら、秀司は笑っていた。笑 いながら泣いていた。大声でげらげら笑う彼の耳には、パトカーのサイレンの 音も届いていなかった。  鉄格子に閉じこめられた死が、ゆっくりと忍び寄る。今日か。それとも、明 日か。  いつだって、構わない。どうせ生きていてもどうしようもないのだから。  それなのに、どうしてこんなに怖いのだろう。廊下に靴音が響く度にびくび くしている自分は、まだ命を惜しんでいるというのか。  そうじゃない。もう一度。せめてもう一度。あの灯火を見たいのだ。あの温 かな灯火を、もう一度だけ。  自分が確かに生きていたのだという証だった、あの灯火を。 @ハート、切なく@  いつだったかなぁ。見なければよかったと思うようなものを見てしまったの は。  彼の、横顔。いつでも強がってばっかりいる彼の、とっても弱々しい表情を、 そこに見つけてしまったのよね。  きっと、正面から見たら気づかなかったんだと思う。それはきちんと計算し ていただろうから。  でも、横顔のことまで計算していなかったんだろうね。  不思議なもので、恋人と呼べる関係になってからも、私の彼に対する感情は 友情とほとんど変わらないものだった。一緒にお酒を飲み、好きな映画を見て、 彼の好きなロックを聴きにいったり、私の好きなバレエを見に行ったり、その 合間にキスをしたり抱き合ったりしているだけだった。そして、そんなものだ と思っていた。  でも、その横顔を見てしまってから、私の中にそれまではなかった感情が生 まれた。  切なさ。今まで一度も感じたことのないような、甘くて痛い、切なさ。  そして、私は彼に本当の恋をしたのだ。 ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″ ☆今回の花号、お楽しみ頂けたでしょうか? 最終回の発信が大幅に遅れてし まったこと、何よりもお詫び申し上げます。スタンスがわからなくて苦労もし ましたが、書いていてとっても楽しかった。次はもっと良いものを書けるよう に、さらに頑張りたいと思います☆   ☆次回は27日に桃号発行の予定。来月7日にハニー号(テーマ:未定)を 発行の予定です。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ ☆発    行  ハートランド ☆本日の担当者  花山ゆりえ(yn6y-iruc@asahi-net.or.jp) ☆このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して  発行しています。( http://www.mag2.com/ ) ☆バックナンバーはhttp://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/ でご覧いただけま  す。掲示板もありますので、ふるってご参加ください。よろしくね。  メールでのおとりよせもできますのでお気軽にどうぞ。 ☆みなさまからのご感想、リクエストなどを心から、お待ちしています♪ ☆お願い 掲載された内容を許可なく、転載しないでください ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞