ハートウェーブは、ハートランドがお届けする読み物メールマガジンです  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※              ハ ー ト ウ ェ ー ブ  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 桃号 99.04.27 ※※※※  ☆こんにちは、上代桃世です。性懲りもなく、また体調くずしてます。ゴール   デンウィークだというのに……。春と梅雨時、それに台風時期というのは総   じて体調わるいね。体力ないから……な、なさけない。体調わるいときに嬉   しいものと言ったら、あれだよね。感想。感想くれると嬉しいんだけどなあ。   というわけで、今回も(ごめんね?)遅れちゃったハートウェーブをお贈り   しまっす。  φ本日のメニューφ   1.瞬キノ間ニ バックナンバーは http://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/       99.01.27桃号から、連載してます。     今日ちょっと長いから、これだけ。で、でも、がんばってるからっ!!  ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″  @瞬キノ間ニ@     L   誰がわたしを求めても、あの方でなければ意味はない。     6   濃闇はとおく、背の闇を隠すに充分でない。ラキーアは、背離の証をタンザ  ナイトの瞳に曝した。  「なんだよ……なんだよ、それはっ」   顔を背ける。黒髪が揺れる。唇を噛んで、きつく目を閉ざす。  「おまえ、ラキーアに何をした」   ウォルドの声が震えている。自分の作を触られたのが、人形師の誇りに傷を  つけたのだろう。  「答えろ、ジブリール!」   光る目が、ウォルドを見つめた。  「他人の手が入った人形はもう、いらないんですか?」   穏やかだが抑揚のない声が問い返す。  「何をしたか訊いてるんだ。答えろよ」  「なにも」  「じゃあなんだあれは、え? なんで、あんなもんがついてるんだ。あんな  ――趣味の悪い翼なんかっ」   ラキーアの背後で闇が揺れた。研究所に連れ戻される危険を冒して、ウォル  ドは一人で訪れたのだ。ラキーアを取り戻すために。  「趣味が悪いとは心外ですね。あれは、マイスター・勇魚が造られたものです。  二百年前にね」   ジブリールを含め、勇魚が造りあげた人形は、どれも他の人形師の手を受け  入れない。卓絶した自己修復機能を誇り、演算能力もぬきんでている。  「勇魚? そんなものが、どうしてラキーアについてるんだ」   そして、制作者への執着は、時に異常ともいえるほどの強さを示す。  「どうして? そんなことは、ラキーア自身にお訊きなさい」   深まりゆく宵闇に、ジブリールの目が放つ冷たい光が輝きを増す。  「ラキーア!」   アクア・ブルーの煌めきから、目を逸らさずにウォルドが呼ぶ。  「ウォルド……私は」   くぐもった声で応える。死者の石は、ラキーアの背後で沈黙に沈む。  「見せろ、背中を。そんな翼、いますぐ引っこ抜いてやる。なんだって、そん  なものをくっつけたんだ。羽が欲しいんだったら、なんで俺に言わないんだよ」  「あの女」  「ああ?」  「あの女の翼ばかり、気にしていた。あの女が来てから、貴方は私の方を見な  くなった」   タンザナイトの瞳を捉える。間近で、ウォルドの顔を見つめるのは何ヶ月ぶ  りになるものか。  「なに言ってんだ、ラキーア」   ウォルドと視線が絡みあう。  「私は、貴方の何ですか」  「ラキーア?」  「私は――」   草を踏む音がした。  「ウォルド」   薄闇をついて現れたのは、人形だった。白い片翼が闇慣れた目を刺すように  ひらめく。   しずかに、ラキーアは後ずさった。翼を大きく広げてゆく。  「アズュラフェール」   ウォルドがその名を口にした。  「アズュラフェール? 驚いたな。逢えるとは思わなかった。『マイスターを  奪い取った女』って、君のことだったんだ。じゃあ、翼を貸すんじゃなかった  かな」   冷たい声が嗤いを含む。アクア・ブルーがほんの一瞬、強く光った。  「あなたは――ジブリール? では、これはあなたが」   ウォルドからわずかに離れたラキーアに目を走らせて訊ねる。声に不審が滲  み出ている。   ジブリールは、にこやかに答えた。  「まあね。君の翼は、どうした? 一対そろっていたはずだけれど」   闇はもう、翼の黒を飲み込むほどに濃くなっていた。  「ラキーアの翼は、どうしたんだ」   ぽぅ、と灯りが手に点る。携帯用LEDランプを手渡しながら、庇うように  ウォルドの前に進み出る。  「あの方の遺品だよ。君の翼は白いけれど、あれは、この髪に合わせて黒にな  さったんだ。私にくださったものだからね。彼女に貸してあげたんだよ」   愛おしげに銀の髪に触れる。しゃらり、とかるい音が闇に響いた。  「どうして」   アズュラフェールの声は低く、沈んでいる。  「知りたいんだ。この軋みが何なのか。あの方を想うたび、胸の奥で何かが軋  む。それが何か、知りたいんだ」   ジブリールの顔から嗤笑が消えていた。光る瞳は、まっすぐにアズュラフェ  ールの瞳を射抜く。  「だからって、なんでこの子を巻き込むんだ。そんなの、おまえの問題だろう  がっ」   叫ぶウォルドを片手で押しとどめ、迷うように言葉をかえす。  「胸の軋みは、わたしにもある。たった……二日きりしか、側にいられなかっ  たというのに。理由を知らなきゃいけないのか」   光る瞳を閉じ、ジブリールは自嘲を思わせる錆びを声に滲ませた。  「パブロフ回路があるなら、こんなことにはならなかっただろうね。誰の名も、  胸に刻まれてなんかいないのに、あの方だけが欲しいんだ――人形なのに」  「ジブリール」  「人間のように、死ぬことはない。何百年も存在し続けていくのに、たったひ  とりの人しか想うことができないんだ。もう、二度と逢えないのに」   パブロフ回路は、すべての人形につけられている。そこに、研究所を擁する  小国ターラ・ボゥの指導者の名を刻むために。   人形達の為しうるすべての選択は、登録された者の利益を基準とし、擬似的  に発生する『感情』も登録者へむけられるものが中心となる。   そのシステムがないとすれば、それは、人形師・勇魚の裏切りに他ならない。   ジブリールひとつで、ターラ・ボゥを壊落させることが、充分に可能なのだ。  「わたしの翼が、どこにあるのか訊いていたな。片翼は、あの方の元にある」  「……まさか」  「眠っておいでだ。翼が、ずっと護っている」  「どこにっ」  「教えない」  「なぜ」  「翼を取りあげられたら、死んでしまう。あれが生命維持装置になってるんだ」  「……もういちど、逢えるのか?」  「いずれは」   ジブリールが蹌踉めいた。顔をゆっくり伏せてゆく。  「あの方のいない世界で生きるのは、砂を咬んでいるようだったよ。アズュラ  フェール。君は、そんな想いはしなかったんだね」  「ジブリール?」  「君だけが、あの方が生きているのを知っていた。勇魚シリーズの人形達が、  どんな想いをしてきたか――君には、わかるまい」      7  「おい、ジブリール。おまえ、自分が何をしたかわかってんのか。勇魚がどん  な奴だか知らないけどな。俺が奴なら、こんな事は許さねえぞ」   光る目がウォルドを睨む。冷たい声が、ざらついている。  「自分の人形ひとつ把握できもしないで、いったい何を言うつもりだ。その子  が何を考えたのか、この私が言ってやろうか」   黒翼がひらめく。  「やめて!」   風切羽が震える。  「殺したいと言ったんだよ。貴方をね」   羽の振動が増した。  「嫌!」   両手で頭を抱え込む。  「ラキーア……」   黒髪に、ウォルドの指がかすかに触れた。振り切るように、とびすさる。羽  の振動は、とまっていた。  「私でない誰かを見つめる貴方の側にいるなんて、できない。私を見てくれる  のをただ待つなんて、耐えられない。私のものにならないのなら、誰のものに  もさせたくない」   ラキーアの瞳のエメラルドが、LEDランプの光をはじく。  「俺は」   伸ばされたウォルドの手を逃れるように、翼で身体を黒く覆った。  「ラキーア。人形の時は長い。慈しみ創りだしてくださった人は、瞬きの間に  消えてしまう。なのに、そんな短い時間さえ、おまえは自分で捨てるのか?」   翼の白が、夜にきわだつ。アズュラフェールの静かな言葉に、ジブリールが  低く嗤った。  「お前にわかるものか。ウォルドに、求められているお前なんかに」   羽ばたきにウォルドの髪が乱れる。ラキーアが、ゆっくりと浮かびあがる。   黒髪がひらめく。   ラキーアは、死者の石を見下ろす高さに浮いていた。  「あの方でないのなら、意味はない。誰に何を与えられても、胸に光は灯らな  い」   黒の風切羽が振動する。  「……潰す」   空気が揺れた。衝撃がアズュラフェールとウォルドを襲う。重い振動音が遅  れて響く。   体動衝撃波。   地面が、沸き立つように捲れあがる。砕けた石が埃となって舞い上がった。   白翼が音をたてて広がる。  翼のうしろにウォルドを庇って、アズュラフェールは揺らぎもしない。     8   めき、とアズュラフェールの背が軋んだ。唇を噛んで、呻きを殺す。膝が崩  れて手をついた。  「アズュラフェール」   ウォルドの手がゆれる肩に触れる。  「触るな……場が乱れ、る」   荒れた息で手を拒む。翼のまわりが陽炎のようにゆらめく。  「……っ」   白翼が、ゆらめきの中で三重の像を結んだ。   右の背に三枚の翼が輝く。左側は変わりない。   三つの片翼が広がった。   地を蹴って、アズュラフェールが宙に舞う。広げた翼は動かない。   ラキーアの手にダガーが煌めく。   黒翼が鳴り、陣風が逆巻く。風に乗って、俊速の突きを繰り出す。   白翼を掠める。   危うくかわされ、振り返りざまにダガーを投げた。   キィン――   冷たい音に弾かれた。閃きを残してダガーは地表に突き立っていた。  「ちっ!」   LEDランプの灯りが揺れる。  「やめろ、ラキーア!」   ウォルドの叫びに、黒髪が震える。黒の風切羽が振動する。   体動衝撃波を撃ち放つ。   瞬間、アズュラフェールの姿が消えた。死者の石が砕け散る。   扱い慣れない翼のためか、ラキーアの体がぐらりと傾ぐ。黒翼を細かい紫電  が覆っている。パリパリと弾ける音が、ラキーアの耳を小さく打った。  「ラキーア。もうやめよう」   アズュラフェールの声が背中に突き刺さる。   振り向けば、見下ろされていた。   ラキーアよりも高い位置に、羽ばたくことなくアズュラフェールは留まって  いる。   歪み撓んだ重力線が目に映る。   重力場。   アズュラフェールは重力子を操っているらしかった。  「妬ましい奴……」   口の中でラキーアが呟く。   ラキーアの右手が一閃、空気を薙いだ。指の先から銀の光が迸る。   無数の針が、アズュラフェールに襲いかかった。   薪の爆ぜるような音が続く。弾かれた針が闇に煌めく。  「妬ましい? わたしは、ラキーアがうらやましいよ」   アズュラフェールの頬にひとすじ、傷が走った。赤い雫が、つぅと滴る。  「もう何年、お前のマイスターと過ごしている? わたしに残されているのは、  儚げな微笑の記憶と最期の言葉だけだ。どんなに精緻な記憶の再生ができても、  思いだすものがわたしにはない。妬ましいのは――わたしの方だ」   琥珀の瞳が燃えるように輝いた。アズュラフェールの髪が逆巻く。   べき、と重い音が響く。空に浮いたラキーアの足下で、拳ほどの石が砕けた。   崩れるようにラキーアが落ちる。体が地面に押しつけられた。震える腕で、  上半身を支え起こす。   ぼこり   耳障りな音をたてて、地面が窪む。細腕が、支えきれずに頽れた。土にまみ  れた黒翼が震える。  「やめてくれ! アズュラフェール」   過重力が、ラキーアを押し潰そうとしている。  「俺の――っ!」   ウォルドが、ラキーアに駆け寄る。窪みに足を踏み入れた瞬間、血飛沫が散  る。   同時にラキーアが跳ね起きた。重力場は、解かれていた。  「ウォルド」   掠れた声でラキーアが呼ぶ。   彼の右足は、過重力で潰れていた。錆びた鉄のような匂いが夜に漂う。潰れ  た足を抱え込んで、のたうつ。ウォルドの額に、じっとりと汗が滲む。   歪んだ微笑を辛うじて浮かばせながら、ウォルドはラキーアに手を伸ばした。   延べられた手を振り切るように、立ち上がる。黒羽が数枚、はらりと落ちた。   微かに歪んだ細腕が閃く。銀光が放たれ、アズュラフェールの周囲で煌めく。  投げつけた鋭針の悉くを叩き落とされ、ラキーアは唇を噛んだ。   黒い翼が振動する。   爆発音とともに死者の石が砕け散る。石礫が襲い、埃で闇が白く濁った。  「アズュラフェール!」   地面に転がったまま、ウォルドが呼ぶ。   その肩口で、赤子ほどの石が砕けた。  「ウォルド……こんな時も、貴方は私の名を呼ばない」   ラキーアの声は嗄れていた。   ウォルドが、頭を振って身を起こす。汗で濡れた額に細く血が伝う。  「俺は――こんな事をさせるために、おまえに白紙のパブロフ回路をやったん  じゃない」   ウォルドが呻く。   銀の影がゆれた。沈黙のまま佇んでいたジブリールが口を開いた。  「白紙の回路と、言いましたか?」   闇にアクア・ブルーの瞳が光る。意志の強さを思わせる光がウォルドを射抜  く。  「そうだよ。白紙のパブロフ回路をやったんだ。自分で相手を選べるように。  誰にも縛られずに、俺がいなくなった後でも、誰かと一緒に生きられるように!」   破裂音が響く。   体動衝撃波が、周囲の瓦礫を巻き上げながら地を穿つ。  「俺なんかじゃなく、望む相手と行かせてやるんだっ」   ドン、と重い衝撃音に痺れが走る。崖崩れが起こったように、容赦なく瓦礫  が降り注ぐ。   重力衝撃波に大地が揺れる。   砕けた石が霧のように周囲を白く染め、細かな礫がばらばらと頭上に降った。  「――!」   ウォルドが、声にならない呻きを洩らす。   幾度もの衝撃で崩れた『死者の石』の残骸が、その足下を覆っていた。  「ラキーアのパブロフ回路は白紙、ですか。ならば、翼が奪ったのは……ラテ  ィン師。人形師(あなたがた)は、どうしてこうも残酷になれるのか」   ジブリールの光る瞳がゆるく閉じられ、銀の髪がゆれた。   アズュラフェールが地に降り立つ。濁った闇が、徐々に冥い姿に戻ってゆく。   微かに埃が舞うばかりになった頃、地に伏せたラキーアがみじろぐ。黒い翼  は捩じまがり、身体中に赤い液体が滲んでいる。頬では、人工皮膚が捲れあが  って半透明の外郭がのぞいていた。  「ウォルド……他の相手なんて、いりません」   人形の身体中をめぐる赤い潤滑油が、血のように滴る。肘をついて身を起こ  す。乱れた黒髪が、捲れた皮膚を隠すように顔にかかった。  「私は貴方だけのもの……マイスター」   ほそい右手が、胸をえぐった。  「やめてくれ、ラキーア――!」   悲鳴のように叫ぶウォルドは瓦礫に足を銜え込まれて、動けない。  「ちくしょうっ。動けよっ! 抜けろってば!」   ジブリールが、石を蹴った。   固い音を響かせ、ウォルドの足を銜えた瓦礫が崩れる。   地に爪を立て、肘で身体を支えてウォルドは、ラキーアへとにじり寄った。  手を伸ばしても、触れるほどには届かない。   ラキーアの手が、胸からなにかを引きずりだした。細いコードが幾筋も垂れ  たそれは、潤滑油の赤に染まり、鼓動にうごめく心臓に似ていた。  「私の回路はあ、な……たの」   赤いスピンドル油の滴る手から回路が落ちる。ラキーアは、動かなくなった。  「ラキ……ア」   ウォルドの頬に、涙がひとすじ伝っておちた。   ″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″″  ☆今回の桃号、お楽しみいただけましたでしょうか。   ちょっぴりでも、楽しんでいただければ嬉しいのですけれど。   それではまた、7日のつく日にお会いしましょう。  ☆次回は5月7日にハニー号を発行の予定です。  --------------------------------------------------------------------                        ものかきのひと、集えっ!  ** 文芸広報 ** http://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/maga.html  本メールマガジンは、情報の山の中に埋もれた創作文芸物を発掘し、読むこ  とを楽しみたい人々への指針となることを目的とする、オンライン創作文芸  の宣伝告知サービスです。刊行ペースは週刊、毎週金曜日発行。  --------------------------------------------------------------------  ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞  ☆ 発  行  ハートランド  ☆本日の担当者  上代桃世(kaidou@fb3.so-net.ne.jp)  ☆このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して   発行しています。( http://www.mag2.com/ )  ☆バックナンバーはhttp://www.age.ne.jp/x/sf/NOVEL/HW/ でご覧いただけま   す。掲示板もありますので、ふるってご参加ください。よろしくね。   メールでのおとりよせもできますのでお気軽にどうぞ。  ☆みなさまからのご感想、リクエストなどを心から、お待ちしています♪  ☆お願い 掲載された内容は許可なく、転載しないでくださいね。  ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞