『ベストセラー小説の書き方』に書いてあったことに触発されたものです。
わざと講義口調で書いてみました。
ストーリーを駆動するもっとも大きな要因は恐怖である。
これは別にホラーなどに限らない。ホラーなどの恐怖は即物的で分かりやす
い生の恐怖ではあるが、あれだけが恐怖の利用法ではない。
人間だれしも嫌なこと、嫌いなこと、起こって欲しくないことを持っており、
それが発生するという恐怖から逃れるべく行動する。あなた自身のことを考え
てみて欲しい。職を失うことへの恐怖、友情や愛情を失うことへの恐怖、信頼
を失うことへの恐怖、経歴を損なうことへの恐怖、そして命を失うことに対す
る恐怖と戦いながら生き、恐怖に挑んで行動したり、恐怖に負けて逃げや保身
に走ったり、恐怖を克服して望んだ成果を得たりしているのに思い当たるはず
だ。
人間の生活自体が恐怖の発見と恐怖への対処からなっている以上、物語は恐
怖の対象を発見し、登場人物がどのように恐怖を克服しようとするのかという
過程の記述であると考えることができる。
小説講座のたぐいでは、ドラマティックな物語には葛藤とその解決という仕
掛けの存在が重要だと指摘されることが多い。この葛藤とは、心の中に相反す
る方向性を持つ選択が存在して、どちらを選んだら良いのか迷う状態のことで
ある。この葛藤を産み出すためには、登場人物がどのようなことに恐怖を抱い
ているのかを考えることが非常に役に立つ。
また、登場人物の行動には動機が存在する必要がある。動機なき行動には、
リアリティというものが欠けるからだ。むろん、本物の人間には動機がない行
動もあるが、リアルな行動がリアリティがあるとは限らないものなのだ。この
動機を発見するうえで、恐怖の分析は非常に役に立つ。人間はその持っている
恐怖を実現させたくないので、恐怖の現実化を避ける行動をしたいというのは
もっとも明快な動機を形成するのだ。
たとえば受験生を主人公とすることを考えてみよう。彼(もしくは彼女)は受
験に失敗することを恐れている。また、この受験生には恋人が居て、恋人を失
うことを恐れているということにしよう。この二つが主人公の性格づけとなる。
物語を作成するうえでは、なにが趣味であるかなどは性格の中の重要でない
一部にすぎない。むろん、趣味に関する恐怖を分析すればよい結果が得られる
だろうが、趣味そのものは重要ではない。今回の受験生の例で言えば、どのよ
うな人間を恋人として好んでいるかには本質的な重要性が無く、恋人を失うこ
とを恐れているという点が重要なのである。
これに事件をぶつけてみる。恐怖は大きいほうが処理しやすいので、受験当
日ということにしよう。受験当日に、恋人を誘拐したという電話があったとす
る。この時主人公は、受験を受けもしないで失敗する恐怖と、恋人を助ける機
会を失うという恐怖に直面することになる。
あとは、どの恐怖をどのようにして解決させるかを考えることになる。ここ
でどちらか一方の解決を選ぶと、どちらか一方を放棄せざるをえないという事
態にすると、葛藤が生じてより面白くなる。恋人を助けるためには受験を捨て
なくてはならない、受験に行った場合には恋人を失いかねない。どちらが大切
であるかは、主人公の個性をどう設定するかによる。物語を盛り上げるために
は、どちらも捨てがたいことにすべきだろう。
受験などよりも恋人が大事に決まっているって? そう思えたならば、受験
に失敗することを恐れる理由を考えていけばよい。ここで合格しなければ一家
が路頭に迷う(資格試験や採用試験かも知れない)なども良いだろう。これは受
験の失敗が恐い理由が、受験の失敗が家族の苦難を見るという恐怖を産み出す
からであるという理由付けである。実際の恐怖は複雑に絡み合った個人の事情
や経歴によって形作られるものであるから、恐怖の連鎖をじっくり考えること
は大切である。
登場人物の恐怖を考えることによって物語の取っかかりが生成できたら、次
は物語の構成を考えてみよう。
受験生の例では、最終的には受験を成功させて、なおかつ恋人を救い出せれ
ばハッピーエンドである。結果としてどちらか一方しか満足できなかったり、
どちらかが満足できなかったとしても、主人公は最後まで努力すべきだ。主人
公が最後まで拒絶したがらないような恐怖は物語を駆動するのに十分な力がな
いので、さっさと捨てよう。
物語の大枠は最大の恐怖の発見とその解消への努力であると定義したとして、
展開構造――プロット――はどう考えるのか。
プロットは困難の発見とその解消の連鎖であると考えることができる。困難
とは、それが解決できなければ恐怖が実現してしまうような事象のことである。
困難を解決すること自体が別の困難を産み出してしまうようにすれば、巧妙に
話を進めることが可能であるし、困難を解決するためには別の恐怖と直面しな
ければならないようにして葛藤させればより物語は面白くなる。
受験生の例であれば、恋人を救出するためには、居場所を発見するためにそ
の方法を考えたり、救出方法を考え出して実行したり、助けようとしているこ
とが発覚しないように隠したりしなければならない。これらができなければ、
避けたい恐怖である、恋人の喪失が現実となるからだ。
恋人のもとにたどり着くために違法に路上のバイクを拝借しするという解決
方法を取るためには、警察沙汰になるという恐怖を我慢しなければならないの
で悩むことになる。さらに、実際に盗んでしまった場合には、いきなり通報さ
れて報道経由で主人公の行動が誘拐犯に知られてしまうかも知れない。これは
困難の解決策が別の恐怖を産み、恐怖を克服して実行したとしても別の問題を
引き起こするという例である。
以上のように登場人物の恐怖を分析するという方法によって、ドラマチック
な物語を生成することができる。これはTRPGにおいてもある程度は利用できる
だろう。