『メタモルフォセス館 ── 再会 ──  試し読み

「散歩はどうだった?」
 真っ先に聞かれ、なんとか視線を逸らさず言えた。
「少しだけど、気が晴れたよ。また出たい」
「そうか。今日みたいに大人しく、剣の監視を受けながらなら、毎日だって出してやってもいいぞ。あまり籠もりきりでいると、健康にもよくない」
 シンの言葉に、胸が高鳴る。まだ顔は強張っていたけれど、それでも笑みが自然に浮かぶ。
「あ……ありがとう……ございます」
 嬉しいのは本当だった。それでもこの言葉を口にするには、俺はかなり努力した。
 こんな奴に、礼なんて言いたくない。ありがとう? そんな台詞、最後に言ったのはいつだよ。
 それでも今は言うべきだ。また、外に出るために。なんとか神宮と接触するために。そのためならば、礼くらいいくらでも言ってやる。
 シンはじっと俺を見ていた。その表情は、全くと言っていいほど変わりはない。
 濃いサングラスのせいで目元は見えないけど、こいつはいつもと同じ薄笑いを浮かべている。
 そんなシンの口端が、満足そうに上がった。
「ありがとうございます、か」
 言うと同時に立ち上がる。いきなり両手を俺の方に伸ばしてくる。
 抱き寄せられたと思ったら、そのまま軽くハグされた。強すぎも、弱すぎもしない。相手がこいつじゃなければ、俺でも気持ちいいと感じるハグだ。
 そして俺は抱っこされた。背と腰に両腕を回され、ふわりと抱き上げられたんだ。
「な、なんだよ。シン……」
 数歩歩いて、すぐにベッドに連れて行かれた。そのまま優しく落とされて、俺はベッドに仰向けになる。
 反射的に身体を起こそうとしたけれど、それより早く、手を取られる。
「貸せ」
 シンの手には、小さな鍵が摘まれていた。それが、俺の手枷に伸びる。全く気がつかなかったけど、鎖のついた金具に小さな模様があって、鍵の先でそこを押すと、薄い板がスライドし、鍵穴が姿を見せた。
 まさかという思いで、俺は呆然としていた。見守る俺の目の前で、手枷から鎖が外されていく。
 右手、左手と鎖が外され、まだ枷は残っているものの、俺の両手は自由になった。続いてシンは俺の足首を取り、そちらも同じように鎖を外していく。
「シン……なんで……」
 まるで信じられない思いで、シンの顔を見上げつつ、喘ぎ喘ぎ俺は尋ねた。
 外した鎖を床に投げ捨て、シンはこちらを振り返る。サングラスを外し、それを胸ポケットに入れる。
 青すぎる奴の瞳が、なぜか優しく見える。
 自分の身に起きた信じられない出来事と、そんな奴の表情に、俺の中では胸が苦しくなるくらいの混乱が湧き上がっていた。
「いい子でいたご褒美だ」
 ニッと笑ってシンは言った。奴はそのまま身を乗り出し、俺の上に覆い被さってくる。
「それに、そろそろ鎖も邪魔になってきたからな」
 残った枷の上から手首を掴み、両腕を大きく広げさせられる。左右に大きく伸ばされながら、覗き込んでくるシンを見返す。
 また、抱かれるんだ。こいつは鎖のない俺に、無抵抗でいろと言っているんだ。
 最近は、抵抗なんてやめていた。どうせするだけ無駄だし、してもよけいひどい目に遭うのがオチだ。逃げられない以上は、少しでもいやな思いはしたくないのと、体力を温存しときたいのとで、俺は必死に我慢していた。
 でもそれは、手足を拘束する鎖があったからこそ、できたことだ。
 俺にできるだろうか。鎖もなしに、大人しくこいつに抱かれるなんて。


※ 本作品の内容は、全てフィクションです。
■ 実在の人物、団体、場所と同じ名称のものがあったとしても、一切関係ありません。
■ また、本作品は犯罪を助長する意図のものではありません。