『メタモルフォセス館 ── 脱出 ──  試し読み

 ひとりで考えてるだけじゃ、どうしようもない。その日の夜、部屋に来たシンに、俺は直接疑問をぶつけた。
 なぜシンは、調教師として自分の名前を広め、守ろうとしているのか。コッホを殺したいってマクシミリアンが言ってたあれはなんだったのか。
 俺としてはできるだけさりげなく、なんとなく気になったから聞いてみただけって感じで切り出したんだ。
 だけどシンの表情を見た途端、聞いたことを後悔した。椅子にゆったり腰かけていたシンは、いかにも不機嫌そうに、顔を強張らせていたんだ。
「あ……シン?」
「主人のことを詮索するのは、奴隷としては、一番やってはいけないことだ」
 怒らせてしまった。そう思うだけで、俺の胸は締めつけられそうになる。こうなると、知りたかったことを教えてもらえない不満なんて、これっぽっちも感じない。それどころか、マクシミリアンとの関係や、どうして調教師になったのかまで聞いてなくてよかったって思ったくらいだ。
「ごめん。シン……。俺……どうしても気になって……」
 自然と身体が震えだし、顔も下を向いていた。緊張のせいで荒くなりかけた息を、目立たせないようにするだけで精一杯だ。
「シンのことばかり考えてたから、それで……ご、ごめんなさい……」
 どうにか声を振り絞って、俺はシンに許しを求めた。こんなに真剣に謝るのなんて、いつからだろう。学校でも施設でも、俺が怒らせた奴なんて数え切れないくらいいるけど、こんな気持ちになったことは一度もない。まだ母親とふたりで暮らしていたガキの頃でもなかったと思う。
 無理矢理つれて来られてから、ほとんど反抗ばかりしていたこの館でもそうだ。
 今の俺は、シンの奴隷になりたがっている。
 その俺が、シンを本気で怒らせてしまった。
 それが、こんなに恐ろしいことだったなんて、想像もしなかった。
「ごめんっ! シンッ!!」
 沈黙に耐えきれず、俺はついに顔を上げた。
 シンの表情は変わらなかった。ただシンは、それまでかけていたサングラスを、おもむろに外しただけだった。シンの瞳は、青く冷たい光を湛えていた。
「いくら謝られたところで、お前を許すわけにはいかない」
「シン……」
 シンの声はゾッとするくらい冷たくて、俺は息が詰まりそうになった。思わず後ずさりしかけた俺に、シンが腕を伸ばす。俺の腕を掴まえて、逆に強く引き寄せる。
「翔。お前は奴隷として、してはいけないことをした。悪い奴隷には、お仕置きが必要だ」
 胸の奥がざわめいた。
 次の瞬間シンは素早く立ち上がり、俺の背中を強く押した。よろけた俺は、たった今までシンが座っていた椅子に当たってとっさにしがみつく。
「着ているものを全て脱げ。そして、その椅子に座るんだ」
 逆らえるはずがない。慌てて姿勢を正した俺は、シャツもズボンも下着も、大急ぎで脱ぎ捨てた。素裸になって椅子に座ると、そこに残ったシンのぬくもりが、背中や尻を包み込む。ゾクリと甘い戦慄が走り、吐息を漏らしそうになる。
 シンの手が太腿にかかり、驚く間もなく持ち上げられた。脚を肘掛けにかけられて、もう一方の脚も同じようにされる。


※ 本作品の内容は、全てフィクションです。
■ 実在の人物、団体、場所と同じ名称のものがあったとしても、一切関係ありません。
■ また、本作品は犯罪を助長する意図のものではありません。