『メタモルフォセス館 ── 愛玩生物 ──  試し読み

 シンは愉快そうに笑っている。シンが愉しんでいる。
 そう思ったら俺も嬉しくなってきて、わざと舌先を伸ばして、ちろりと自分の唇を舐めた。
 見ると神宮はまだ戸惑った顔をしていた。その隣に座っている西野は、気づいてないような涼しい顔で、パプリカのゼリーにスプーンを差し入れている。
 こいつら、なに考えてるんだろ。神宮は顔に出てるからだいたいわかるけど、西野はずっと澄ましたままだ。
 この旅行は、こいつの招待なんだよな。互いの奴隷で遊ぼうだっけ。やっぱりいい気分じゃない。
 そういえば、マクシミリアンの見舞いに行ったときの帰り道、シンが言ってたよな。こいつがスワッピングをしたがってるって。
 スワッピングって、あれだよな。お互いのパートナーを交換するのだ。シンが神宮と。俺が西野と……吐き気がする。
 それにシンは、今日この高原に来る途中にも、車を運転しながら言っていた。
『もしも西野がスワッピングを申し込んできたら、どうしようか』と。
 そのとき俺は答えなかった。聞こえない振りをした。独り言みたいに口にしたシンも、俺に返事は要求せず、それ以上なにも言ってはこなかった。
 それどころか、考えてるような気配もなくて、車の運転に集中してるばかりだった。
 シンにとっては、そんなのどうでもいいことなんだろうか。どうしようかなんて言っていたけど、義理がある客が相手だ。言われたら、あっさり承知するかも知れない。
 俺は、イヤだな。シンが神宮に触れるのは、まだ我慢ができるかもしれない。シンが、そうしたいなら。
 でも、いくらシンの望みでも、俺がシン以外の奴に触れられるなんてのはごめんだ。我慢して、じっとして、目の前にいるこの男に抱かせてやるなんてゾッとする。
 それでも気持ちは決まっていた。
 それがシンの望みなら、俺は受け入れるしかない。
 ぞっとするような行為でものみ込んで、シンの命令に従う。そうする他に、俺に選択の余地はない。
 それに、俺がシンの命令に逆らうなんて、それこそ一番したくないことなのだから。
「どうしたのかな? 翔君は、生魚は苦手なのかな?」
 ハッと顔を上げると、向かいの西野が俺を見ていた。
 いつの間にか前菜は終わり、目の前にはサラダが置かれていた。グリーンサラダの上に、ピンク色の生魚の身が載っている。
 こうして見ると、西野は本当に善人面だ。こんな奴が、違法行為のフルコースみたいな奴隷売買の顧客だなんて、誰に言っても、絶対信じてもらえないだろう。
「いえ……。なんの魚かなって……」
 強張る顔でなんとか笑顔を作り、魚の身ごとサラダ菜をフォークの刃に突き刺した。酸っぱいドレッシングが口内の粘膜を刺激する中、なんとか気持ちを整える。
「サーモンだって、ウエイターが言ってましたよね」
 屈託のない様子で、神宮が西野に同意を求めてる。ちゃんと説明を聞いてなかった俺を馬鹿にもせず、こいつがいっしょにテーブルを囲んでる。これも一年前ならば、考えられなかったことだ。
 かつての、自分より下だと決めた相手には、呆れるくらい尊大な態度を取ってた神宮とは、すっかり別人だ。シンの調教を受け、西野の奴隷になったこいつは、今ではすっかりいい子ちゃんの顔をしている。
 こいつは西野から、今夜の予定を聞いてるのだろうか。
 もしかしたら、西野がスワッピングを望んでるなんて、ただの取り越し苦労なのかもしれない。だから神宮はこうして、普通の顔をしていられるのかもしれない。
 それとも西野の奴隷だから、こいつのそういう趣味も知っていて、受け入れているのかもしれない。
 だから今夜、そうなるかもと思っても、平気でいられるのかも。
 あれこれ考えてるうちに、次の料理が運ばれてくる。皿の上で、きらびやかに盛りつけられた料理の数々は美味かったのだろうけど、コースが進むにつれて、緊張で味がわからなくなってきた。


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