『メタモルフォセス館 ── 逃亡奴隷 ── 』 試し読み
南国の強い陽射しは窓のすりガラスを通り抜け、シャワールームを満たしている。ほとんど水の温度にまで調整した湯も、きらめいて目に眩しい。レトロな十字のコックを回して湯を止めると、前髪からぽたぽた滴る雫を指で払った。
髪が少し伸びたかもしれない。マクシミリアンに言って、切ってもらおうか。なんてことを、濡れた髪を指先で弄びながら考える。
バスルームを出ただけでも、むっとするような濃厚な空気に包まれる。タオルで髪から拭きながら、改めて窓の向こうに目を向けたけど、すぐに逸らす。今の時間は、陽射しがきつすぎる。
「すっげぇな……」
思わず口に出して呟いていた。外国なんて初めてだ。それが南米の名前も知らなかったような国だなんてすごすぎる。俺はパスポートさえ持ってなかったっていうのに。
この国に来て、もう二ヶ月もたつっていうのに、今でもときどき感動が湧き上がってくる。
俺が調教師シン・ソールズベリの元に来て、二年近くになる。クラスメイトがさらわれる現場にたまたま出くわしちまって、まきぞえでさらわれた。死ぬか、調教を受けて奴隷になるかと聞かれたときにはひどく反発したけれど、今では俺も立派にシンの奴隷だ。
奴隷、か。ひどい言葉のはずなのに、思っただけで俺の口元は緩んでしまう。
俺は、シンの奴隷。シンの所有物。シンの財産。
俺はシンの持ち物だから、いつでもシンのそばにいる。シンのそばにいてもいい。それが俺には、たまらなく嬉しい。
今だって俺はシンについて、日本から地球の裏側にあるような遠い国まで来ているんだ。
日本での仕事を終えたシンは、今はゆったりと過ごしている。奴隷調教なんて仕事は、誰かからの依頼が来なくちゃ始まらない。他の奴らがどうかは知らないが、シンにとってはそうだ。
この国に来たのも、わずらわしい喧噪から逃れてのバカンスのためだ。
今、俺たちが住んでいる家は、シンの隠れ家のひとつだ。観光地からは少し離れた別荘地の端。高台に建つ一軒家で、ほんの二十メートル先は断崖絶壁になっている。その下に広がるのは、ただ碧一色。穏やかな波だけが続く太平洋だ。
なにひとつ遮るもののない水平線なんて初めて見た。雄大な景色は、それまで海なんてものをろくに見たことがなかった俺に、眺めるたびに息をのませる。
それなのに、シンの方はというと、あまり海には興味がないらしい。日がな一日本を読んだり散歩をしたりと、穏やかに日々を過ごしている。ときどきは、書斎にこもって仕事関係の奴らとメールや電話でやり取りをしているみたいだけど。
あとは……。
身体を拭き終えた俺は、タオルをバスケットに放り込んだ。少し脚を開いて立ち、左手を壁につく。右手をそろりと後ろに回して、アヌスの縁に指先で触れる。
そこに触れただけで、自然と吐息が漏れ出た。柔らかな縁を揉み、そこからゆるゆるとほぐしていく。
気が向いたとき、シンは俺に手を伸ばす。その瞬間がいつ来てもいいように、俺は常に身体を柔らかく保とうとしている。これは、シンの奴隷である俺の義務だ。――といっても、もちろんいやいやしているんじゃない。こうしてシンに抱かれるための準備をしているのだって、俺がそうしたくて仕方がないからだ。
※ 本作品の内容は、全てフィクションです。
■ 実在の人物、団体、場所、国家と同じ名称のものがあったとしても、一切関係ありません。
■ また、本作品は犯罪を助長する意図のものではありません。