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連載 |
第八回 |
菅納ひろむ
初めて日本料理コンテストに行き、第一回戦から決勝まで見学させていただいた。参加選手中、最初から妙に気になる選手が一人いた。全員白い調理着を着ている中で、一人だけ黒っぽいサムイを着用し、頭にバンダナを巻いてたから目立つこともあったのだけど、小柄で顔もおとなしそうなのに、きりっとした意思的な表情が良い。材料を切る前に、必ず手にとって色んな方向からじっくり眺め、重さや品質を吟味してから動作を起こすところも何だか格好良かった。と言うわけで、ずっとこの選手に注目していたのだけど、どんどん勝ち進んで、ついに総合二位になった。一位の選手は他でもスポットを浴びてることだし、「理路騒然!」では、この気になる青年のことをもっと色々調べちゃおう、と早速彼の仕事場を直撃して話を聞くこととした。
四月に開業したばかりの某居酒屋に赴くと、青年はカウンター越しに、少し照れながら質問に答えてくれた。青年は閻学成くんという。河南省出身の二十四才。十九才の頃に貧しい農家から北京に出てきて、しばらくは中国料理のコックをしていたが、約三年前から日本料理を志し、何軒かの日本料理店で修行する傍ら、独学で日本語(こちらの方はまだこれからという感じだけど)も勉強してきたという。口数は多くないが、口調はきっぱりしていて歯切れが良い。「将来の夢は」と聞くと「具体的な姿は想像できないけど、もっと日本料理の技術を向上させて、誰にも作れないような料理を創造したいです。」と答えて くれた。
店のオーナーの日本人男性によると、コンテスト当日は、オーナーも店員も総出で応援に出かけて、まさか、の二位受賞にみんなで泣いて喜んだとのことだった。「受賞のご褒美にぜひ日本に行かせて、数ヶ月でも本場の料理人の下で研修させてやりたい」とおっしゃるオーナーの話を聞いて、しみじみと閻くんは幸せ者だなあと思った。
人が一つのことを成すためには、色々な要素が必要なんだと思う。まず「何かをしたい」という強い意思が不可欠だし、スキルを身につけ得る環境も大切だろう。そしてやはり努力と才能、それに出会いと周囲の人に引き立ててもらえる性格の良さ、大事な時にチャンスが訪れるという幸運も必要か。閻くんを見ていて、今の彼にはこうした要素がみんなそろっていることを感じた。もちろん、今後の人生には挫折もスランプもあるのだろうけど、あの謙虚さと高い目標を捨てない限り、必ずひとかどの人物になるんだろうなあ、とまぶしい気持ちで話を聞かせてもらった。
「何かビールに合う料理を」と注文すると、「ポテト明太子」という創作料理を勧めてくれた。マクドナルドでフライドポテトを食べてて「これにひと味加えれば日本人好みのつまみが出来る」とひらめいたのだそうだ。いやあ、本当にビールに合う独特の料理でした。 本欄で特定の店の宣伝をする意図はないのだが(でもお店の場所等お知りになりたい方はメールいただければお教えしますよ)、努力しながら伸びていく中国青年の一例として閻くんを紹介させていただいた次第だ。今回受賞できなかった青年達にしても同じように 無限の可能性があるに違いない。向上心の大切さを再認識できて本当に良いコンテストでした。
黒いサムイをまとい、頭にはバンダナ。左側が第二位に入賞した閻選手
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