高級マンション購入顛末記18

廊坊櫻華包装有限公司(独資)
総経理 池田ひと美

全国人民代表大会へ

   全人大が開かれた当日我々は直訴に出かけた。人民大会堂周辺は交通規制され物々しい警備がされていた。車はそこから離れた所に停め、徒歩で大会堂に近づいていった。それにつれ警備はますます厳しくなり我々の不安と緊張は高まった。「こんな事をして逮捕され国外退去になるのでは、こんな事までする必要があるのだろうか」と仲間の中から動揺する者も出てきて、一人又一人と立ち去ってしまった。王大姐は「我々はあらゆることをやってきた。自分たちの正当な権利をただ主張しているのである。逃げ帰りたい奴は好きにすればいい」と言い捨て私の手を取り先へ先へと進んでいった。大会堂西門の道で公安に呼び止められたときはメンバーはたったの四人だけとなっていた。

公安の尋問

   公安数人が我々を取り囲み、無理矢理追い払おうとする王大姐は座り込み「私のような年寄りに何をする。その様な扱いを受ける覚えはない」と持ってきたスローガンを書いた布を取り出し「我々はマンションを買って業者に騙された外国人の被害者だ。北京市政府に何度陳情しても何も解決しない。私はこのままでは春節になっても香港に帰れない。主席にこの手紙を渡すまではここを動かない」と訴えた。まもなく責任者が出てきて近くの建物に連れて行かれた。二〇人近い公安の前で尋問を受ける事となった。私の腕にしがみついていた台湾の女性は恐ろしさの余り顔を青くし震えていた。「恐い恐い」と言うだけの二人の女性は役に立たないので先に帰す事にした。残ったのは私と王大姐だけで写真を撮られ、パスポートも取り上げられた。

香港の王大姐

   私の頭にも「国外退去」という不安がよぎった事も確かである。三月号で紹介したが私はむしろ王大姐の行動と判断に賭ける事を選んだ。彼女は二〇歳で中国の東北から香港に出て財産を築いた「やり手」である。彼女自身が中国人であるからこそ相手のどこを攻めるのか、如何なる状況の時手を引くのかを充分心得ていた。政府に対し「台湾人や香港人」より「日本人」の方がアピールする力が強い故私だけは離すまいという計算がなされている。従い私が「国外退去」になるというような全てを水の泡となるような賭けを彼女はしないと私は信じていた。彼女は口八丁手八丁切々と訴えた。「私は外国で苦労し財産を築いた。愛する祖国に戻り老後を静かに送ろうと思いマンションを買ったがとんでもない詐欺にひっかかった。あちこちへ陳情したが誰も取り合ってくれない。ここへ来ても取り合ってくれないならビルから飛び降りる以外方法がない」話を聞いていた全人大の接待室の責任者は「パスポートはお返しします。皆さんの手紙は必ず然るべき所に届けます。そんなに悲観的にならないように。今後は私の所へ直接言ってきて下さい」と我々を丁重に見送ってくれた。

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