かわら調査団が行く

勝手にグルメ(第3回)
紹興料理の巻

【調査団メンバー】

・おなじみ中国の生き字引S隊長

・うんちくに磨きのかかるM小姐

・しゃぶしゃぶの食べ過ぎで益々丸くなった留学生F君

・自称中国料理食べ歩き会(会長しかいない)SF会長

「Mさん、今友人が日本から来ていて、何か珍しいものを食べさせろっていっているんだけど、どこかいい店知らないかな?」「S隊長、珍しい料理じゃないですけど、紹興料理なんてどうでしょう?前にかわら版のメンバーで紹興に旅行に行った時、咸亨酒店で食事をしたでしょ。あの支店が北京にあるの知っていますか?」「そりゃいいな。じゃあ、早速行ってみよう」


ずらりとならんだ紹興酒のかめ

M小姐 さあ、着きましたよ。
S隊長 市内からだとちょっと遠いのが欠点だね。
SF会長 あの廊下にずらっと並んでいるのは?
廊下には紹興の本店から運んだ
紹興酒のかめが並ぶ(咸亨酒店)
M小姐 あれは紹興酒のかめですよ、ここの紹興酒は咸亨太雕酒といってこの店が独自で作っているですよ。
S隊長 よし、まずこの紹興酒を頼もう。
M小姐 紹興酒には会稽山や女児紅などの銘柄があって、それぞれに謂われがあるんですよ。例えば、女児紅だと……。
F君 Mさん、蘊蓄(うんちく)はいいから早く紹興酒を飲みましょうよ。お預けを食った猫みたいな気分だ。
S隊長 ではまず乾杯。
SF会長 いやー、うまいね!
M小姐 8年ものですからね。これで500ミリリットル18元なんて日本じゃ考えられない安さですよね。
F君 紹興に留学しようかな。  

飲んだくれの街紹興

紹興名物炸臭豆腐(咸亨酒店)
S隊長 さて、何を頼もうか?
SF会長 紹興独特の料理がいいですね。
F君 まずは炸臭豆腐でしょう。紹興に行くと街中いたるところにこの炸臭豆腐の屋台がでていて、揚げたてが食べれますからね。これがまたうまいんだ。
S隊長 お、F君なかなかの通だね。それと上海ガニを頼もう。ちょうど今が旬なんだ。
M小姐 茴香豆(空豆)、それから酔棗(ナツメの紹興酒浸け)も紹興名物ですよ。
SF会長 タニシがあると聞いていますが。
S隊長 そうそう、それとちょっと臭いけど紹興腐乳ね。これを舐めながら飲む紹興酒はまた格別にうまいんだ。
F君 塩をなめながら飲む日本酒の感覚ですよね。
SF会長 こうして見ると紹興料理って酒のつまみばかりじゃないですか?
S隊長 紹興自体が飲んだくれの街って感じだからね。紹興に旅行に行ったとき、朝、屋台でどんぶりでなにか飲んでいるから、お粥かと思って近づいて見ると、紹興酒だったことがあるよ。
F君 益々僕にぴったりの街だなあ。お酒もかめから直接買えばおいしいのが安く飲めますからね。
M小姐 そうそう、地元の人たちはコーラの空きペットボトルやポリタンクを持っていって買うみたいですよ。
SF会長 紹興酒は北方の白酒なんかより日本人の口に合いますね。
S隊長 まあ、どちらも米から作っているわけだから、似ているのかな? 中国でも北方の人はめったに飲まないね。逆に南方に行くと、白酒は飲まないけど。
SF会長 そういう点では日本の文化は中国の南方から伝わったような気がするな。
M小姐 料理の味付けも日本人向きですね。醤油の味付けが多いし、そんなに脂っこくないし。
F君 北京料理に飽きた人や紹興まで出かける暇のない人にはうってつけの店ですね。

最後は「菜泡飯」でしめる

M小姐 さあ、みなさん、結構お酒が回ってきたみたいですから、そろそろ主食を頼みましょう。
S隊長 なんかあっさりしたものが食べたいな。
F君 やっぱり最後は菜泡飯でしょう。野菜の雑炊なんですけどね、紹興酒で疲れた胃にはもってこいですよ。
SF会長 日本酒を飲んだ後に、お茶漬けを食べるようなもんだな。
M小姐 10元で七、8人分はありますね。
SF会長 いやあー、おいしかった。ところで、「東坡肉」がなかったけど、この店には置いていないのかな?
M小姐 「東坡肉」は厳密に言えば、紹興料理じゃなくて、杭州料理ですからね。この店にも「干菜肉」という似た料理はありますが…。北京にはもう一軒紹興料理の店があって、そこになら「東坡肉」があるんですが、ご案内しましょうか?
SF会長 ぜひお願いしたいですね。
S隊長 よし、もう一軒行くか。今日はとことん、紹興料理を食べるぞ。

「女児紅」の由来    昔、紹興地方のある仕立て屋が、妻が妊娠した時、大喜びで出産の日に親戚友人をもてなすための酒を作りました。予想とは裏腹に、生まれたのは女の子であったため、彼は腹を立てその酒を地中に埋めてしまいました。その後女の子はすくすくと育ち、嫁にいくことになりました。婚礼の日、十数年前埋めた酒を掘り出してみると、とてもおいしくなっていました。
   その後紹興では、女の子が生まれると、生まれた翌月の初めに酒を地下に埋め、娘が成人して嫁ぐ時に掘り出して客をもてなしたり、嫁入り道具にするようになり、人々はこれを「女児紅」と呼ぶようになったということです。

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