食事介護ガイドブック
2 食べる障害の評価
2-1 食べることの障害
(1)精神(心理)的原因
精神活動が低下して(痴呆)、または食べ物であること、あるいは食べることがわからなくなることもあります。このような状態のときに、むりやり食べ物を口に押し込めると窒息することもあります。精神的なストレスが強くかかると、食欲がなくなることがあります。
急な環境の変化などの原因により、心身症や鬱病などの精神的病気の発症も考えられます。
食べることが精神的に困難になる病気である拒食症もあり、単に摂食障害といえば拒食症のことを意味することもあります。
(2)構造(器質)的原因
虫歯が痛んだり、ぐらぐらして噛めないことがあります。歯がほとんどないのに、入れ歯をつかっていないければ食べれません。口から喉、食道に炎症や腫瘍があることもあります。今まで食べられていたのに、急に食べなくなったら、まず口の中をよく観察しましょう。
(3)機能的な原因
[食べ物を口に運ぶ。]
マヒや筋力の低下などによりスプーン等で食べ物を口まで運べない。
[咀嚼する。]
食べ物が口の外へ出てしまう、うまく噛めなかったり舌の動きが悪いためにうまく咀嚼できない.咀嚼中に、喉の奥に食べ物が流れ込んでしまう。
拒食症や障害児で、口の中の食物を不快に感じる症状がみられることがあり、これを過敏と言います。口の中は感覚が鋭く、本来異物である食物を受け入れるには自覚がいります。発達の過程で、この不快感は消失しますが、発達が未熟なまま成長し、心理的な異物感が強まると、咀嚼せずに飲み込んだり吐き出します。
[嚥下する。]
うまく飲み込めずに、食塊が口の中に留まっている。飲み込むのに時間がかかる。食べ物が、気管に入り込んでしまう(誤嚥)。
気管に、水や食べ物が入ると、激しくせき込んで排出しようとします。いわゆる、むせですが、これが起これば正常です。障害者では、この感覚がマヒしていてむせが起こらない、あるいは筋力の低下が生じていて、完全に排出できないことがあります。
このような誤嚥により肺炎を起こしてしまうことがあります。原因がわからないのに、熱をだし肺炎を頻発するなどの場合には誤嚥性の肺炎を疑う必要があります。この誤嚥は嚥下の時だけではなく、咀嚼や食事の後にも起こることがあります。
2-2 嚥下障害を疑うポイント
障害者の食事の様子を観察して、摂食嚥下の障害があるかを評価しましょう。
まず、全体を観察しましょう。
1 食物中、ぼーとしていないか。>高次脳機能障害
2 食欲低下:むせるために食欲がないのか、
摂食の疲労により食欲が低下しているのか。
3 食事中の疲労:食事をすると疲れていないか。
4 痩せ、体重の変化:定期的に体重測定を行う。
原因不明の体重減少に嚥下障害が隠れている場合がある。
次に、顔の動きや様子を見ましょう。
5 唇を閉じられるか。
6 咀嚼、舌の動きはどうか。
7 よだれや食べこぼしの程度はどうか。
食事の状態の観察は重要です。
8 食事内容の変化:食べ物の好みが変わっていないか。
・「汁物をとらなくなった」
→軽度の嚥下障害、口腔内の食塊保持不良、喉頭閉鎖不全、
嚥下反射のタイミングのずれなど
・「パサパサしたものは飲み込めない」
→唾液の分泌不良、口腔期の障害
・「ご飯が食べられなくなった」「軟らかいものしか食べられない」
→咀嚼能力の低下、舌の機能低下など
9 むせる:むせは誤嚥の重要なサインであり、むせの頻度、どのような場合にむせる かをみる.
・「水だけがむせる」「水やお茶はむせるが牛乳はむせない」
→口腔内の食塊保持不良、嚥下反射のタイミングのずれ、喉頭閉鎖不良
・「食べ初めにむせる」→嚥下反射のタイミングのずれ(軽症仮性球麻痺に多い)
・「続けて飲み込もうとするとむせる」→咽頭への食物残留、嚥下反射が弱い
10 咳が出る
・「食事をしている途中から咳が出はじめ、食後1〜2時間に咳が集中する」
→誤嚥している
・「食後、横になるとすぐ咳が出る」「平らに寝ると咳が出る」
→胃-食道逆流による誤嚥
食事の後も、よく観察しましょう。
11 痰の量と性状:誤嚥があると痰の量が増加する.
痰の中に食物が混ざっていないか、痰の性状を確認する.
12 咽頭違和感・食物残留感:種々の咽頭期障害、腫瘍、異物などが疑われる.
・「食後何となくのどの辺りが変だ・のどに食べ物が残った感じがする」
→咽頭食物残留あり
13 食事後に声の変化はないか.
・「ガラガラ声になる」「痰がからんだような声になる」
→咽頭への食物残留
もう一度、全体を見ましょう。
14 食事時間、食べ方の変化:以前に比べて格段に食べるのが遅くなっていないか.
食べ方に変化はないか
・「のどへ送り込もうとするけれど上を向かないと飲み込めない」
→咽頭への送り込み障害
・「食べ物が口からこぼれる」
→口唇の閉鎖不全、舌根への送り込み障害
・「食べ物が口の中に残る」
→口腔内の知覚障害、舌の運動障害など
2-3 食べる障害の評価
嚥下機能評価表
・知的障害・精神障害・高次脳機能障害の有無 有 無
(好きな物・嫌いな物への反応)
・食物の唇への反応 有 無 (スプーン・箸・フォーク・ストロー)
・唇閉じ(口唇閉鎖)
安静時 完全に可能・半分以上・半分以下
補食時 完全に可能・半分以上・半分以下
処理時 完全に可能・半分以上・半分以下
嚥下時 完全に可能・半分以上・半分以下
水分摂取時 完全に可能・半分以上・半分以下
唾液量 無し・少量・多量
・唇の閉じ方 均等・右が閉じない・左が閉じない・真ん中が閉じない
・舌の動き
動き 前・後ろ・上・下・右・左
・あごの動き
動き 単純上下・回旋(すりつぶし様)
コントロール 固形物摂取時 良・やや良・不良
水分摂取時 良・やや良・不良
噛む力(へら、舌圧子等) 強い・弱い・無し・噛めない
・嚥下時
声の変化(固形物普通・カット食・きざみ食・ペースト・とろみ状・水状)
無い・稀・時々・頻繁
むせ 無い・稀・時々・頻繁
時期(飲み込み前・中・後)
(固形物普通・カット食・きざみ食・ペースト・とろみ状・水状)
嘔吐 無い・稀・時々・頻繁
時期(飲み込み前・中・後)
(固形物普通・カット食・きざみ食・ペースト・とろみ状・水状)
嚥下回数 4~5回・1~3回・無い
嚥下速度 普通・遅い
1回処理量 普通・少量
・口腔内での食物処理
口腔内貯留 無い・稀・時々・頻繁
丸飲み込み 無い・稀・時々・頻繁
咀嚼 可能・時々可・不可 (回数:10回以上・5~9回・1~4回・無し)
咀嚼のリズム 良・やや良・不良
・その他気がついた点
参考文献・金子芳洋:口腔機能の評価と分析、総合リハ.23巻9号.1995
嚥下機能評価表のチェックの方法・各項目の意味
・知的障害・精神障害・高次脳機能障害の有無
→食べるという行動を行う以前の問題で食べることが理解できているか調べます→IQ低下やうつ病などの有無、脳卒中による行動の異常(これはOTで検査します)、好きな物・嫌いな物への反応もこれに関係します
・食物の唇への反応
→上記の内容と合わせて考えます→これは食物・水を(スプーン・箸・フォーク・ストロー)等の器具を使用し唇へ持って行ったときの反応(口を開くと か、口をすぼめるとか)をみます
・唇閉じ(口唇閉鎖)
→唇が閉じないと飲み込みが上手くいきません→下記の状態のときの唇の閉じ具合をみます、唇の長さを1とした場合に、完全に閉じるか・唇の半分以上閉じているか・全然閉じていないか
・唇の閉じ方
→じっとしているときや、モグモグしているときの閉じ具合、顔面にまひがあればまひ側が閉じない場合がある、さらに全然開きっぱなしもあるがその状態はどうか
・舌の動き
→咀嚼=噛む+舌を動かす+頬を動かすであり舌の動きは非常に大切である→ 何も食べていないときに、自分で舌を動かせられればこちらから指示して動かさせ、指 示を理解できない場合は自分で動かしている動きをこちらが観察してみる.動きは前・ 後ろ・上・下・右・左とあげているが変な動きがあれば記述する
・あごの動き
→咀嚼の中でこれも非常に大切です→咀嚼中の特に下あごの動きをみる
:コントロール→食物が奥にあるのに前歯でしか噛まないとか、右奥に食物があるのに左だけで噛んでいるとか、など、あごの動きが合目的的になされているか否かをみる
:噛む力→へら、舌圧子等を奥歯で噛ませ引き強さをみる
・嚥下時
→飲み込んでいるときの状態を観察
:声の変化→のどに食物が残っていることの判断になります→ゴロゴロが無いのか・頻度が1回/週位稀なのか・2〜3回/日の時々か・それとも飲み込むたびに起こるのか
:むせ→むせるということは気管に食物・水が入り誤嚥性の肺炎を起こしやすくなります→飲み込むときにむせるかどうか(時期はどうか、むせるときの食物の種類は何か)
:嘔吐→飲み込むとき吐き出すかどうか→成人では普通起こりえない反射(嘔吐する反射)が起こるかどうか(時期はどうか、食物の種類は)
:嚥下回数→一口分の食物を何回で飲み込むか
:嚥下速度→一回飲み込むのがスムーズか、飲み込むのが大変で遅いか
:1回処理量→一回で口に入れる食物の量
・口腔内での食物処理
→きちんと噛んで飲み込んでいるかをみる
:口腔内貯留→何回噛んでも、いつまでたっても口の中に残っているかどうか
:丸飲み込み→食物を噛まないでそのまま飲み込むかどうか
:咀嚼→噛めるかどうか
:咀嚼のリズム→テンポ良く噛めているか
・その他気がついた点
2-4 病気(疾患)別の嚥下障害
脳血管障害(CVA)
障害を受けた部位により大きく左右されるが、筋肉や感覚の片麻痺(片側の上下肢、場合によっては顔面も含め麻痺)・協調運動の障害・高次脳機能障害等
球麻痺(延髄=嚥下中枢の障害)
嚥下反射はないか、とても弱い。>医療的なケアが必要
食塊が通過できず、嚥下がまったくできない。
仮性球麻痺(延髄より上部の障害)
嚥下のタイミングがずれる。嚥下に関わる筋の筋力と協調性の低下。
口腔から咽頭への食塊の送り込み障害、嚥下反射の遅延。
高次脳機能障害(失語、失行、失認、痴呆症状)>
テーブルの片側の食べ物を見落とす(半側空間無視)。食べる順序がわからない。
食べる最中にしゃべりだしたり、急に泣き出したり笑い出したりする(感情失禁)。
口の中に食物を頬ばったまま飲み込めない(嚥下の失行)。
特徴
障害部位や範囲、リハビリの経歴などによって、嚥下障害の程度はさまざまである。
運動機能面で軽度であっても、高次脳機能障害がある場合には、食物の窒息を起こすこともあるので注意が必要である。
発病後の入院期間に口腔衛生がおろそかになり、多数歯に重度のむし歯を発生していることが多く、歯科的処置がまず必要。
脳性麻痺(CP)
主要症状は、麻痺、不随意運動、筋緊張の異常、協調運動の障害等である
神経学的徴候としては、筋緊張の亢進(特に精神緊張時に亢進)>痙直型
手指や顔面に緩徐な不随意運動(アテトーゼ様運動)>アテトーゼ型 など
特徴
筋の緊張があり協調運動の障害もあるために、咀嚼嚥下運動を正常に行うことが困難である。症状の程度や幼児期の訓練によって、摂食障害の程度はさまざまである。
緊張をとる姿勢や、機能にあわせた食物形態を工夫する必要がある。
幼児、成長期の訓練によって、摂食機能の向上が期待できる。
成人してから、歯周炎により急速に歯を失うことがあるので、口腔衛生に留意しなければならない。
脊髄小脳変性症
徐々に発病し運動失調を主症状とする原因不明の変性疾患を総称しており、慢性に経過し、しばしば家族性に発現する。
脊髄が変性すると
、
口腔内・咽頭の感覚(触った感覚、熱い・冷たい感覚)が麻痺する。
嚥下反射の喪失、咀嚼嚥下筋の麻痺、弛緩
小脳が変性すると、
噛む筋肉・舌の動きが悪くなる(不随意的な動きが起こる)等
四肢の運動の障害>食物を手で口に運べなくなる。
意識レベルの低下
呼吸中枢も侵されてくるために低酸素状態などにより、意識レベルの低下が生じる。
食欲の低下、食事の認識の欠如。
特徴
進行性の障害であり、徐々に摂食嚥下障害も重度化していく。経年的に障害を評価していくことが重要である。
末期には、食事に対する意欲がなくなり、食事を口に運べず、口唇よりこぼしがちになり、誤嚥しても咳により排出できず、呼吸機能の低下とともに誤嚥性肺炎を頻発するようになる。