すぐに銀杏の並木がある。右側に十本、左側にも十本、 いずれも巨木である。葉の繁るころ、この路はうすぐ らく地下道のようである。いまは一枚の葉もない。並 木のつきるところ、正面に赤い赤い化粧煉瓦の大建築 物。 |
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これは講堂である。われはこの内部を入学式のとき、 ただいちど見た。寺院のごとき印象を受けた。いまわ れは、この講堂の塔の電気時計を振り仰ぐ。試験には、 まだ十五分の間があった。 太宰治『逆行』 |
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われは池畔の熊笹のうえに腰をおろし、背を樫の古木 の根株にもたせ、両脚をながながと前方になげだした。 小径をへだてて大小凸凹の岩がならび、そのかげから ひろびろと池がひろがっている。曇天の下の池の面は 白く光り、小波の皺をくすぐったげに畳んでいた。右 足を左足のうえに軽くのせてから、われは呟く。 ――われは盗賊。 太宰治『逆行』 横に照り付ける日を半分背中に受けて、三四郎は左り の森の中に這入った。その森も同じ夕日を半分背中に 受けている。黒ずんだ蒼い葉と葉の間は染めた様に赤 い。太い欅の幹で日暮しが鳴いている。三四郎は池の 傍へ来てしゃがんだ。 不図眼を上げると、左手の岡の上に女が二人立ってい る。女のすぐ下が池で、池の向こう側が高い崖の木立 で、その後が派手な赤煉瓦のゴシック風の建築である。 夏目漱石『三四郎』 |
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東京大学 三四郎池 |