新宿辺も、こんどの戦火で、ずいぶん焼けたけれども、それこそ、ごたぶんにもれず最も
早く復興したのは、飲み食いをする家であった。帝都座の裏の若松屋という、バラックで
はないが、急ごしらえの二階建の家も、その一つであった。
『眉山』
正午に、おいで下さるように、という小坂氏のお言葉であった。大隅君には、他に友人も
無いようだ。私が結納を、おとどけしなければなるまい。その前日、新宿の百貨店へ行っ
て結納のおきまりの品々一式を買い求め、帰りに本屋へ立寄って礼法全書を覗いて、結納
の礼式、口上などを調べて、さて、当日は袴をはき、紋附羽織と白足袋は風呂敷に包んで
持って家を出た。
『佳日』
獲物は帰り道にあらわれる。
かれはもう、絶望しかけて、夕暮れの新宿駅裏の闇市をすこぶる憂鬱な顔をして歩いてい
た。彼のいわゆる愛人たちのところを訪問してみる気も起らぬ。
『グッド・バイ』
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