太宰治と中央線




まもなく、2番線に中央特快高尾行がまいります。危ないですから、

黄色い線の内側までお下がりください。(四ッ谷駅での放送)


駅名をクリックしてください。


中央線快速電車の運転席


 立 川

 日割の紙を見ると、私はその日翌日から一日置きに   立川の奥の山へかよわなければならなくなっていた  ので、思わず私の眼から涙があふれた。
 その日は一日、モッコかつぎをして、帰りの電車の  中で、涙が出て来て仕様が無かったが、その次の時  には、ヨイトマケの綱引きだった。                     『斜陽』


 

 彼の住んでいるところは、立川市だというので、私   たちは三鷹駅から省線に乗った。  立川で降りて、彼のアパートに到る途中に於いても  彼のそのような愚劣極まる御託宣をさんざん聞かさ  れ、
 引きとめられるのを振り切って、私はアパートを辞  し、はなはだ浮かぬ気持で師走の霧の中を歩いて、  立川駅の屋台で大酒を飲んで帰宅した。                     『女神』

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 西荻窪

 吉祥寺、西荻窪、……おそい、実にのろい。電車の窓のひび割れたガラスの、そのひびの  波状の線のとおりに指先をたどらせ、撫でさすって思わず、悲しい重い溜息をもらした。                                      『犯人』
 「よく存じませんけどね、何でも西荻の駅を降りて、南口の、左にはいったところだとか、  とにかく、交番でお聞きになったら、わかるんじゃないでしょうか。何せ、一軒ではおさ  まらないひとで、チドリに行く前にまたどこかにひっかかっているかも知れませんですよ」  「チドリに行ってみます。さようなら」  また、逆もどり。阿佐ヶ谷から省線で立川行きに乗り、荻窪、西荻窪、駅の南口で降りて  こがらしに吹かれてうろつき、交番を見つけて、チドリの方角をたずねて、それから、教  えられたとおりの夜道を走るように行って、チドリの青い燈籠を見つけて ためらわず格  子戸をあけた。                                      『斜陽』

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1が6つ並んだ中央線の定期券


 荻 窪

 やがて、天沼一丁目。三丁目は通勤に不便のゆえを以て、知人は、そのとしの春に、一丁  目の市場の裏に居を移した。荻窪駅の近くである。誘われて私たちも一緒について行き、  その家の二階の部屋を借りた。                                    『東京八景』
 私にはその時突然、東京の荻窪あたりのヤキトリ屋台が、胸の焼き焦げるほど懐かしく思  い出され、なんにも要らない、あんな屋台で一串二銭のヤキトリと一杯十銭のウイスケと  いうものを前にして思うさま、世の俗物どもを大声で罵倒したいと渇望した。                                   『やんぬる哉』
 東京郊外、省線荻窪の北口に下車すると、そこから二十分くらいで、あのひとの大戦後の  新しいお住居に行き着けるらしいという事は、直治から前にそれとなく聞いていたのであ  る。  こがらしの強く吹いている日だった。荻窪駅で降りた頃には、もうあたりが薄暗く、私は  往来の人をつかまえては、あのひとのところの番地を告げて、その方角を教えてもらって、  一時間ちかく暗い郊外の路地をうろついて、あまり心細くて、涙が出て、そのうちに砂利  道の石につまずいて下駄の鼻緒がぷつんと切れて、どうしようかと立ちすくんで、ふと右  手の二軒長屋のうちの一軒の家の表札が、夜目にも白くぼんやり浮んで、それに上原と書  かれているような気がして、片足は足袋はだしのまま、その家の玄関に走り寄って、なお  よく表札を見ると、たしかに上原二郎としたためられてうたが、家の中は暗かった。                                      『斜陽』



 阿佐ヶ谷

 気が遠くなりかけて、医者を呼んだ。私は蒲団のま 
 まで寝台車に乗せられ、阿佐ヶ谷の外科病院に運ば
 れた。
                  『東京八景』

 私がそれから一つきほど経って阿佐ヶ谷の先生のお  宅へ立寄ってみたら、先生は已に一ぱしの動物学者  になりすましていた。                『黄村先生言行録』
 ひとり首肯してその夜の稽古は打止めに致し、帰途  は鳴瀬医院に立寄って耳の診察を乞い、鼓膜は別に  何ともなっていませんとの診断を得てほっと致し、  さらに勇気百倍、阿佐ヶ谷の省線踏切の傍なる屋台  店にずいとはいり申候。                    『花吹雪』
 
 

 省線の阿佐ヶ谷駅で降りて、南側の改札口を出た時、  私の名を呼ばれた。二人の学生が立っている。いず  れも黄村先生のお弟子の文科大学生であって、私と  は既に顔馴染のひとたちである。                    『不審庵』
 「阿佐ヶ谷ですよ、きっと。阿佐ヶ谷駅の北口をま   っすぐいらして、そうですね、一丁半かな?金物屋  さんがありますから、そこから右へはいって、半丁  かな?柳やという小料理屋がありますからね、先生、  このごろは柳やのおステさんと大あつあつで、いり  びたりだ、かなわねえ」  駅へ行き、切符を買い、東京行きの省線に乗り、  阿佐ヶ谷駅で降りて、北口、約一丁半、金物屋さん  のところから右へ曲がって半丁、柳やは、ひっそり  していた。                     『斜陽』


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 高円寺

 そうして、シヅ子が社から帰るとそれと交代にぷいと外へ出て、高円寺の駅近くの屋台や   スタンド・バアで安くて強い酒を飲み、少し陽気になってアパートへ帰り、  「見れば見るほど、へんな顔をしているねえ、お前は。ノンキ和尚の顔は、実は、お前の  寝顔からヒントを得たのだ」                                    『人間失格』
 菊屋というのは、高円寺の、以前僕がよく君たちと一緒に飲みに行っていたおでんやの名  前だった。その頃から既に、日本では酒が足りなくなっていて、僕が君たちと飲んで文学  を談ずるのに甚だ不自由を感じはじめていた。                                  『未帰還の友に』
   高円寺。降りようか。一瞬ぐらぐらめまいがした。森ちゃんに一目あいたくて、全身が熱  くなった。姉を殺した記憶もふっ飛ぶ。いまはただ、部屋を借りられなかった失敗の残念  だけが、鶴の胸をしめつける。                                      『犯人』

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 中 野

 そのころ杉野君は、東中野のアパートから上野の美術学校に通っていたのであるが、その  同じアパートに私も住んでいて、廊下で顔を合わせる時があると、杉野君は、顔をぽっと  赤くして、笑とも泣きべそともつかぬへんな表情を浮かべ、必ず小さい咳ばらいを一つす  るのである。                                     『リイズ』
 それから、駅で中野行きの切符を買い、何の思慮も無く、謂わばおそろしい魔の淵にする   すると吸い寄せられるように、電車に乗って中野で降りて、きのう教えられたとおりの道  筋を歩いて行って、あの人たちの小料理屋の前にたどりつきました。                                  『ヴィヨンの妻』

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平成11年は開業110周年


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